醸 (再掲)

   

私を、あの業務用スーパーの白々とした蛍光灯の下に立つ者とお呼びいただきたい。

無機質な棚のあいまを彷徨いながら、山積みのパスタや安価なトマトソースの瓶をカートに積む。かつて鯨捕りが荒れ狂う海へ船を出したように、私は黙々と買い出しの列に並ぶ。

現代の生計とは、陸に聳える巨大な怪物(レヴィアサン)だ。

レジ袋の取っ手が指に食い込み、両腕を重く引っ張る。その痛みに耐えるとき、私は己が不可視の怪物と組み合っていることを知る。
バルザックが目撃した金銭の狂乱も、ウォール街の壁の前で沈黙したバートルビーの拒絶も、いまや遠い記憶の底で静かに眠っている。百円刻みの終わりのない計算と、切り詰められた選択肢。人はみな、この陸上の船の上で、あらかじめ荒海へ連れ出されているのだ。

だが、船底が浸水しようとも、熟成を待つ刻(とき)がある。

港の灯火から離れた暗闇で、自らのために小さな暖簾を掲げ、静かに言葉を刻むこと。電子の海へ放たれた文章は「不達郵便」の灰となるかもしれない。しかし、買い込んできた安価な食材を鍋に放り込み、静かにコトコトと煮詰めていくように、私はこの日々の苦みや孤独を、言葉のなかでじっくりと醸し出していく。

「人はパンだけで生きるものではない」。

肉体を繋ぐ泥くさい糧と、精神を救う過酷な思考。その二つが擦れ合い、発酵し、やがて深い味わいとなって立ち上る。言葉を紡ぐその一瞬、私は運命に従う平水夫をやめ、己の人生の醸造家となる。

冷たいアスファルトを踏みしめて歩く夜道。重い袋をさげる手には、すでに未来の豊かな香りがかすかに漂っている。

苦みも、重みも、すべては我が人生を深く醸すための大切な原料だ。それらを抱えて静かに鍋を火にかける余白がある限り、私はまだ、決して沈没してはいない。




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