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「カントの読み方」 ちくま新書 中島義道 ―死が怖い、というかたへ― (再掲)

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    著者の中島義道さんも、若い頃から死が怖かったらしいです。 確かそんなことがこの本のどこかに書いてあった気がします。 気休めになるかはわかりませんが。 カントの読み方としては、すごくユニークだと思います。 カントは3つの大きな「批判書」を書いているのですが、割と「実践理性批判」が知られているようです。 しかし、この本はどうやら「批判書」の最初となる「純粋理性批判」について、革新的な「読み」を提示しているようで、かなり貴重な1冊ではないか、と思います。 あまり厚い本ではない、とはいえ、これで税抜き700円は安すぎですね。 完全にデフレ・スパイラルです。

また腕を上げたな。

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  「騎士団長殺し」新潮文庫 村上春樹 第1巻。 まだ読み始めたばかりだが、ぐいぐい読ませられる。 さすがは村上春樹。 また腕を上げたな。 イントロは、ああ、またこんな感じね。 と、あまり食指を動かされなかったが、本編に入ると、急にしっとりとした上質な大人の小説に仕上がっていて、とても良かった。 まだ読み始めたばかりだが。 なにか、自分のこころの裡に、しっとりと静かに響くものがある。

日常生活とつながる「行政法」@郡山女子大学 レポート  Googleの生成AIバージョン (再掲)

  日本の医療における行政指導のパラドックス:事実上の強制、市場障壁、そして制度的停滞 I. 序論:日本の行政指導という謎 日本の行政法には、「行政指導」と呼ばれる独特の行政手法が存在する。行政手続法第2条第6項によれば、行政指導とは、行政機関がその任務または所掌事務の範囲内において、特定の行政目的を実現するため、指導、勧告、助言等を行う行為であり、国民の任意の協力によって実現されるべきもので、行政機関が国民に対して強制力を伴う「処分」として行うものではないと明確に定義されている。この定義は、行政指導が、本来、命令や強制を伴う「行政行為」とは一線を画し、柔軟かつ協力的な行政運営を可能にする手段であることを示唆している。 しかし、この法的な建前とは裏腹に、行政指導は事実上の強制力を伴う手段として、日本の行政運営において広く用いられているのが実情である。行政指導に従わない場合、許認可の不許可や遅延、補助金の不交付、あるいはより厳格な検査の実施といった間接的な不利益が課されることが常態化している。これにより、行政機関と市民との間には、本来明確であるべき「主体・客体関係」が曖昧になり、市民は指導を事実上の命令として受け止めざるを得ない状況に置かれている。 このような行政指導のパラドックス、すなわち法的には非拘束的であるにもかかわらず、実質的には強制力を有するという特性は、日本の医療制度に深刻かつ広範な影響を及ぼしている。本報告書は、この行政指導の矛盾した性質が、特に新規医療機関の市場参入障壁として機能し、また日本の精神医療の歴史的発展にどのように寄与してきたかを詳細に分析する。本報告書は、この慣行が既存の既得権益を保護し、真の競争と革新を阻害し、ひいては医療システム全体の停滞を招いていることを論じる。 この法と実務の乖離は、法治主義の根幹を揺るがすものである。行政指導が形式的な法的手続きを経ずに事実上の強制力を発揮する場合、市民は行政の決定に対して明確な法的根拠や異議申し立ての機会を欠くことになる。これにより、行政の行動における予測可能性と透明性が損なわれ、行政機関が広範かつ検証不可能な裁量権を行使する余地が生まれる。結果として、行政の責任追及が困難になり、公共の信頼が損なわれる可能性を秘めている。 II. 行政指導:法的枠組みと実務上の逸脱 行政指導の定義と行政行...

ソクラテスに批評精神を学ぶ@茨城大学 資料より (再掲)

 私は、 自分のもともとの性質が 「ここまでくらいはがんばろう」と課した限界の範囲で自己研鑽に励むときでさえ、謝罪や後悔もなく、自分のもともとの性質を「与えられた当たり前のもの」として受け入れており、そのようなとき、自分自身に対する「自己愛」を持っているのである。私の自我と私とは、一様にすべてのことを共有しながら、いっしょに多くのことをくぐり抜けてきた。私が彼(=私の自我)を支える限り、彼が私を失望させることはなかった。私は彼を叱ったこともあるが、けっして彼の本性を呪うことはなかった。彼には間違いなく欠点があるし、ひどくそうなのだが、その短所があらわになるとき、私はやさしく寛大にほほえむのである。彼のへまは、彼のような性質をもつだれからでも人が予想するようなものである。 人は 、これほどまできわめて近しくしてきた存在を憎むようにはなれない。好むと好まざるとにかかわらずこの人物 (=私の自我)に依存してきた全年月の後、どのようにして別の自我とうまくやりはじめることができるか、私は実際知らないのである。このように、自己同一性 (自分が自分であること)は、一種の約束による見合い結婚だと考えることができる。その見合い結婚は、安定的な人の中では真実の愛へと成熟するものだが、不安定な人の中では、堕落してしまって、恨み言と自滅へと至る。人の自己愛のもっとも真実の表現は、自身の善さへの献身であり、それは他の誰のものでもない自身のもともとの性質(そのような性質は不条理な、変なものかもしれない)の自己充足である。(「不条理な自己充足」 [ジョエル・ファインバーグ『倫理学と法学の架橋』東信堂・2018年]432−3頁)

ソクラテスに批評精神を学ぶ@茨城大学 レジュメより (再掲)

    問い: 幸福とは何か 。  ソクラテスは誰でも、これは、自分で人生を「設計してゆく」という発想と結びつくことである。 したがって、<配慮するもの>をもち、配慮を重ねてそのつど考え、行動する自分の人生設計者としての「一人称特権」のようなものは、幸福を問題にするとき、なおざりにできない。   たとえあることが自分のためであっても、それを押し付けられたのでは「自分の人生」ではなくなる。 ソクラテスは、このような一人称の問題があることに反して精神や徳に気を遣えといっているのではなく、 この問題があるからそれに沿うように「気を遣うもの」を考えさせようとした、 その場合、精神的なものや徳に気を遣うことは、あなたにとって納得できる方向になるはずだ、という語りかけをしている。    ☆人生を「まじめに」考えること    1.幸福の中身は「一人一人の問題」であり、他人に勧告されるには及ばない。 しかし幸福というものにまつわる「構造」や「形式」の問題は、単に「その人の問題」であるのではない。 われわれの「人生の夢」の見方は、お互いに、似ている。  構造や夢の見方を「知る」ことは、自分の「一人称」としての資格や個人の強さを上昇させてくれそうに思える。    2.問題なのは、人が「分かりやすい資格として」もしくは何らか「世間的に」上昇するということではない。 たとえば、社長になるとか出世するとか大学教員になるとか有名人になるとか金持ちになるとかではない。 実質的に自分の人生に対してよい位置を占めるようになることである。 したがって、ほんとうに行動が「自分のもの」として首尾一貫して統御されていること、 ほんとうの気持ち・実感から発想したことが 同時に知性の表現にもなっていることが目標になる。   3.ソクラテスはここで、 「知性」にふさわしい課題 がじつは数多くあり、 それを追求しながら生きてゆくことが幸福につながる、と語りかける。 われわれの生活は、目的・手段の関係を持つ多くの行為からできている。 お金儲けや名声・地位等のためのことは、 お金・名声・地位・容姿等で何をするかという、 「次の問い」を予想する。 ここから、人間らしい生活は、「その先」を考えるところまでいかなければ 成就しな...

人生最高のレストラン ―地獄の20年― (再掲)

 母親が毎週土曜日にTBSの「人生最高のレストラン」という番組を観る。 母親は、自分ではもう料理はしないし、たぶんもともと調理そのものにあまり興味がないんじゃないか、と思うほどなのだが、とにかくメシに関するテレビ番組は、必ず観る。 (なにしろ、学区制導入以前の都立日比谷から女子栄養大学に行ったくらいだから。) その「人生最高のレストラン」というのが、加藤浩次がMCで、YOUとか島崎和歌子とかがレギュラーで、毎回ゲストを招待して、人生の節目節目のエピソードを交えながら、どこそこの料理が美味しかった、などと語る。 (必ずしもレストランとは限らない。ボクシングの井上尚弥の時は、日清のカップヌードルだった。) そこで、ふと自分(がその番組に出演することは永遠にないが)がこういう番組みたいに、どんなレストランでどんな料理が美味かったとか、エピソードを交えて喋る、というシチュエーションを想像してみた。 まず、思い浮かんだのが、1浪目の時は、割と友人も浪人してる人が多かったから、代々木の代ゼミに通っている人もいて、自分は確か代ゼミには世話にならなかったが、プリパスっていう西新宿のSEGの近くにある予備校に通っていて、近いから、友人と遊ぶのも兼ねて割とよく代々木の代ゼミには行ってた。 代ゼミの本屋も、受験参考書が充実してたし、受験参考書専門の古本屋まであったから、そういうところに行くのは本当に楽しかった。 で、話を本題に戻すと、代々木の代ゼミに、ほんとにちょっとした、レストランとは到底言い難い、簡単にいえば立食いそば屋に近い食堂があって、そこの、単なる、ご飯の上に唐揚げが何個か乗っていて、それにマヨネーズと七味唐辛子をかけるだけ(!)の丼が美味かった。 それがまず思い浮かぶ。 次が、これも思い出すと辛いが、2浪して(入りたくもなかった)慶応SFCの3年目、精神錯乱してまず最初にぶち込まれた芹香会病院という施設で、1度だけ食べた、カレーうどんが、めちゃめちゃ美味かった。小学校の給食みたいで。 以上の2つは、もう存在しないか、存在しててもまず食うようなシチュエーションに絶対なってはいけないものだが、最後の3つ目も、もう存在しない。 最後の3つ目は、東武伊勢崎線の久喜駅の立食いそば屋のラーメン。 もう20年以上前だから、まだぎりぎりデフレスパイラルに太刀打ち出来たのか、立食いそば...

ウンザリだ (再掲)

  なんで慶応SFCなんていうクッソな大学はいっちまったかなー あんなんゴミの掃き溜めやで。 今だに尾を引いてるからね。 もう勘弁して欲しいわ。 受けたくねーって言ってんのに、受験票破って棄ててんのに、 それでも「オトウサンが慶応SFC気に入ってる( から受けてくれないと困る)」とかいう意味不明な理屈で、 受験日当日に再発行してまで受けさせられて、 受かっちまったから、慶応信者の父親に逆らえるはずもなく、 問答無用で入らざるを得なかった。 親にしたって、俺のことなんて、 ほんとは微塵も考えてねえんだよ。 タロー坂という、バス停からキャンパスに連なる上り坂で、 三田の慶応で合格を確認してから、SFC行って、 坂を登りなから、「ここは嫌だ」って言ってんのに、 母親にシカトされたからね。 正確には、母親は、うつむきながら、 両目の視線を左右にキョロキョロさせていた。 まるで、「そんなことを言ったら、 また私がオトウサンに怒られちゃう。」と言わんばかりに。 ま、完全に愚痴だし、 ここまで来たから言えるってこともありますけどね。 ほんと地獄だったよ。