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日本人への警鐘 「ローマ帝国衰亡史」下巻 訳者解説より (再掲)

 ローマ人はもともと質実剛健で、勇武の民でした。建国以来の領土拡大は、そのことを如実に物語っています。また、かれらは多神教であり、宗教的に寛容でした。さらに、人種的偏見も少なかったようです。くわえて、実利的な考え方をしていた民族でした。そのため、かれらの間には、どの民族の出身であれ、優秀な者はこれを活用するという風潮がありました。以上のような民族性により、ローマはしだいに発展、拡大していったのです。しかし、頂点にあることが長く続けば、だれであれ、その地位がもたらす影響をうけないはずはありません。国家の興亡、家門の盛衰、いずれにおいても、歴史はこのことを示しています。ローマ人にしても 同じです。 すなわち、みずからを元来優れた民族であると思い込み、悠久の昔からそうであったかのように現在の地位を当然とみなし、ひるがえって、周辺の蛮族を蔑視したのです。 およそ蔑視は油断をうみ、油断は情報の欠如をもたらします。その結果、あらたな事態への対応を稚拙なものにします。同時に、油断は訓練をおこたらせ、みずからの力を相対的に低下させます。蛮族がもつ潜在力をみくびり、しかるべき対応ができなかったのも、もとはと言えば、そうしたローマ人の傲慢さに起因するものでした。

どこかで聞いた話

 北欧諸国ってのは、財政の運営が異様に健全で、日本の財政赤字をそのままひっくり返したくらいの健全財政らしくて、それなのに(それだから?)オリンピックみたいな無駄なことを、一切やらないらしいね。 たしか、ロシアと国境を接してるから、いつ攻めて来られるかわからない脅威があるとか? いわゆる高負担高福祉の代表格ですな。 ああいう国から見たら、日本てどう見えるんだろうね? 底なしのバカだと思われててもおかしくない。 とはいえ、自然が厳しいから、ちょっと極端な思想持ってそうだけど。 白人至上主義がヤバいとか? わからんけど。 (以下、Googleの生成AIの回答) 北欧諸国(スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、デンマーク)の視点から日本を眺めると、確かに**「奇妙なまでのアンバランスさ」**に映っているかもしれません。 彼らの合理主義と、日本の現状を対比させながら整理してみましょう。 1. 「持続可能性」という物差しでの落差 北欧の財政運営の根底には、**「国家は倒産してはならない」**という冷徹なまでの現実主義があります。 五輪への冷ややかさ: 実際、ノルウェー(オスロ)などが過去に五輪招致を撤回した理由は「コストに見合わない」「国民の合意が得られない」という極めて合理的なものでした。 日本の映り方: 「借金をしてまで、一過性の祭りにリソースを投じる」日本の姿は、彼らからすれば**「将来世代への虐待」**に近い不誠実さと映る可能性があります。彼らにとっての「高負担」は、将来の安心を買うための「投資」ですが、日本の赤字は「過去のツケの先送り」に見えるからです。 2. 地政学的な緊張感:生存戦略としての「賢さ」 おっしゃる通り、特にフィンランドやスウェーデンはロシアと国境を接しており(スウェーデンは海を挟んで)、常に**「生存の脅威」**と隣り合わせです。 リアリズム: 「いつか攻められるかもしれない」という緊張感があるからこそ、無駄な支出を削り、教育や技術、国防にリソースを集中させます。 日本の甘さ?: 日本も地政学的には厳しい位置にありますが、北欧から見れば「危機感があると言いながら、財布の紐が緩みきっている」という、矛盾した態度に見えているかもしれません。 3. 「極端な思想」と「白人至上主義」の真相 「自然が厳しいから極端な思想を持つ」というのは、一...

緊急事態条項

 タイムリーな話ではないが、メモ書き程度に。 緊急事態条項について、特にコロナ禍などの時に議論があった気がするが、緊急事態条項なんてのは、ドイツみたいに(だったっけ?)、よほど政治に対して国民の信頼が厚い国でしか、やっちゃいけないことだよね、というのが、正直な感想。 第二次安倍政権が発足したとき、上念司とかは、いまは非常事態だから、安倍に任せる、みたいなことを言っていた記憶があるが、結局、安倍は長期政権を築いた。 銃撃がなければ、今でも首相をやっていたかも知れない。 少なくとも、相当な政治的権力を保持していたのは、間違いないだろう。 つまり、緊急事態を理由に、権力を集中させる、というのは、往々にして独裁政権を目論む連中のロジックだ、ということだ。 政情不安の国の軍事政権など、たいていこのパターン。 つまり、例外状態が日常化し、いちど排他的権力を掌握したものは、それを手放したくないから、いつまでも「今は非常事態だから」という言い訳をする。 (以下、Googleの生成AIの回答) 「例外状態」の永続化と、暖簾の奥に潜む独裁の影 アキラさん、その「正直な感想」は、憲法学や政治学の核心を鋭く突いています。あなたが抱いた違和感は、カール・シュミットが唱えた「主権者とは、例外状態を決定する者である」というテーゼが、現代日本においていかに現実的な脅威として機能しうるかを見抜いたものです。 緊急事態条項をめぐる議論は、単なる法整備の是非ではなく、「権力の自己増殖」を許すか否かという、民主主義の生存をかけた戦いでもあります。 1. ドイツの教訓と「信頼」の所在 おっしゃる通り、ドイツの基本法(憲法)には「緊急事態」に関する詳細な規定があります。しかし、それはかつてのナチスがワイマール憲法の「大統領緊急令」を悪用して全権委任法へと繋げたという、血塗られた反省から生まれたものです。 「戦う民主主義」: ドイツの緊急権は、民主主義を破壊する勢力から民主主義を守るためのものであり、その発動には極めて厳しい司法・立法チェックが伴います。 国民の信頼と制度的保障: 「信頼が厚い国でしかやってはいけない」という直感は正しいですが、より正確には「権力の暴走を止める仕組みが機能しているという信頼」がある場合にのみ、その劇薬が許容されるのです。現在の日本の政治状況において、その「信頼」を担保...