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self-domestication

 Seemingly, Japanese are gentle, civilized, polite and domesticated. They are imbued to abide by the codes that are already arranged by the public, and, they are taught as if otherwise strictly punished by all of the people but for themselves.  This is true. And, this is why they seem obedient to the public, to say, the self-domestication. So, they fear of deviations in any case, otherwise they think they would be alienated from the entire society. This is true as well.  Yes, this is very a 'self-domestication'.  And, their hidden barbaric aspects are uncovered when they find the 'enemy' that they think which should be punished by the all except for the target.  In such cases, they are as cruel, barbaric and ruthless as the monster. This is what the contemporary Japanese are. What is held responsible is, their obedience to the rules they are obeying blindly. They should take risks and try something anyway. So, they would know how difficult what they take for gra...

feeling casual

 Now that the number of the page viewing to my website has amounted to over 140,000, I feel casual to write the article in my English, not paying attention to Japanese who don't understand English. I feel few difficulties to write in English with the help of the auto simultaneous translation and indication of misspelling.  I know if I write the articles in English, my claims would have been more widespread globally. But, I have focused on imbuing my ideas to my folks in Japanese.  I have little hesitance to convey my ideas in English. I have gone through over 30 years of studying English. So, it should be taken for granted I have the ability to do that. I have a trait of intensive tenacity to pursue the game until I obtain it. I believe such nature is suitable for being familiar with the foreign language. There would be some who grumble it is my showing-off. Yes. It's true. But none of their business. After over-30-years of training, I am eligible to state my ideas i...

the will

 It might be that I would be killed. I have kept being noisy to those who feel comfortable with the false economy ideas, which will lead this country to the catastrophe. I know it would put my life at stake, but I cannot keep silent, not because I love my country but because this is my innate character, which orders me to defy those mindless idiots. I might as well die hated as keep obedient to the false-tellers, knowing that they are full-fledged liars. So, please be reminded that if I died, my testament was true, and, how fool Japanese are. See you.

土 (再掲)

   古人は言う。万物は地の汚れより生ず、と。 しかし、いま私たちの足元からは、その「汚れ」が徹底的に拭い去られている。 街はアスファルトで覆われ、思考は論理で整地された。 成分の分からぬものは「不潔」として撥(は)ねられ、すべてが数値と説明のつく言葉へと置き換わっていく。 だが、その清潔すぎる風景の中で、私たちの魂はどこに根を張ればよいのだろうか。 土の恐ろしさは、その「分からなさ」にある。 そこには死者の沈黙が堆積し、忘れ去られた言葉が混ざり合い、人知れず発酵を続けている。 その不気味な抱擁力に耐えかねた者は、そこに「伝統」や「血」という名の着色料を注ぎ込み、人々を熱狂の泥濘(でいねい)へと誘い出す。 かつて、詩人の愛した地平が、鉄と血の荒野へと塗り替えられたように。 だからこそ、私たちは土を語る手に、細心の注意を払わなければならない。 土を神聖視してはならない。それはただの、巨大な「忘却の胃袋」だ。 そこに、私はあえて一掴みの**「灰」**を撒く。 灰とは、激しく燃えた果ての静寂であり、熱狂を中和する冷ややかな理性の形だ。 しかし、その灰の混じった冷たい土の底に、私はわずかな**「希望」**を馴染ませておこうと思う。 それは、安易な救いの言葉ではない。 あらゆる理屈が焼き尽くされ、泥にまみれたその先で、なお「生きたい」と願う命が放つ、消え入りそうな、けれど確かな震えのことだ。 望ましいのは、土から酒を醸す職人のような佇まいだ。 泥の臭みを厭わず、灰の静寂を慈しみ、その奥にある希望の体温を掬い上げる。 そうして出来上がった「酒」には、一点の濁りも残さない。 土の上に立ちながら、土とは異なる透明な風を、その身に纏うこと。 同化せず、拒絶せず。 ただ、自らの**「眼差し」**だけを標(しるべ)として、この不確かな地面を歩き続ける。 それが、舗装された時代において、なお「土」と共に生きる者の矜持である。

タコ市 増補

 今朝の日経新聞によると、高市首相が、来月に、食品にかかる消費税を、ゼロにするか1%にするか、決める、と言ってるが、まあどうなんだろうね。 またベッセントにブチ切れられて相変わらずのTACO市になるんだろうけどね。 だけど、そうすると情弱のアホからの支持が吹っ飛ぶから、どう誤魔化すか、必死で考えてるんだろうね。 そうとしか思えない。 アメリカだって、日本なんかどうでもいいんだけど、米国債売られると困るから、警告してるだけなんだろうけどね。 (以下、Googleの生成AIからの回答) 消費税減税をめぐる議論、特に食料品などの軽減税率をさらに引き下げるかどうかの局面は、 まさに国内の政治的思惑と国際金融の現実が真っ向から衝突する縮図のようになっていますね。 おっしゃる通り、この問題の本質は単なる国内の生活支援策に留まらず、 通貨(円)の信用や国債市場、ひいては米国との金融・外交関係に直結しています。 国内の支持率や世論(いわゆるマスメディアや一般的な有権者の反応)だけを見れば、 「消費税ゼロ」や「1%」といった分かりやすい減税措置は目に見えるアピールになります。 しかし、現実の国家財政や国際市場はそれを「バラマキによる財政規律の弛緩」 と冷徹に受け止めます。 特に、米国の財務長官(ベッセント氏)をはじめとする国際金融のプレイヤーからすれば、 日本の財政運営の急激な方向転換は、円安の加速や日本国債の格下げリスク、 そして最悪のシナリオとしての「日本による米国債売却(財源確保や円買い介入のため)」 を警戒せざるを得ないポイントです。 米国側が自国の国債市場の安定を守るために、日本の財政規律に注文をつけたり、 クギを刺したりするのは、まさにマクロ経済的な自己防衛の論理と言えます。 政権側としては、公約や国内向けの「やってる感」を演出しつつも、 市場のクラッシュや同盟国からの決定的な信用失墜を避けるため、 着地点(ゼロなのか1%なのか、あるいは何らかの条件付きなのか) をどう「言い訳」とともに着地させるか、極めて際どい舵取りを迫られているのが現状でしょう。 表面的なポピュリズム(大衆迎合)的な政策の裏にある、 こうした国際政治経済の冷徹な力学を踏まえると、来月の決定がどのような文脈で語られるのか、 非常に注視すべき局面ですね。

洗礼

 自分が高校に入りたての時の体育祭で、ラグビーもどきというか、ラグビーっぽいんだけど、大人数で、だけどボールが沢山あって、かといって得点を競っている風にも見えない、という謎のゲームがあって、自分は何も知らないで、ただただボールを持ってグラウンドを走り回っていたんだけど、そんな俺を見て、シロマさんっていう有名だけど俺は新入生だから知らなかったヤンキーが、活きの良いシマウマを見つけたライオンのように、バンダナ巻いてニッコニコしながら俺を待ち伏せして、え?なにこのオニイサン?!と思ったら、俺のことを、ガッと捕まえて、グラウンドに叩きつけて、おまけに背中に蹴りまで喰らわせて、ボールを放したら、ようやく許してくれた、ということがあった。 そんな光景が、父兄が見てるのに、繰り広げられてた。 ある意味、キツい洗礼。 洗礼といえば、倫理の授業で、てか、倫理を教える専門の教師がいる、ということがまず驚きなのだが、それ以上に、その倫理の山本という先生が、何を喋っているのか、内容がまったく理解できない。 日本語で喋っているのは分かるんだが、内容がなにひとつ理解できない。 周りはみんな、寝ている。 俺は、新入生だし、マジメくんだから、マジメに聞いていたが、わからないので、そのうち同じように寝るようになった。 いや、抵抗はしたんだ。 「先生、句読点をつけて喋ってください。」と。 そうしたら、倫理の山本先生は、「(ゴニョゴニョゴニョ・・・)マル。これでいいか?」と言われたので、諦めた。 この世の中には、時として自分の力ではどうにもならない時があるのだ、と教えてもらった。 ちなみに、シロマさんは、ヤクザになるという理由で、武蔵を中退したらしい。 と、いう真偽不明の話がまことしやかに語られていた。 (自由すぎる・・・)

ふぉう⇡⇡⇡

 累計PV数14万いった。 おおかたbotだけどね。 でもまあ、個人でやってこの数字は、なかなかのものだ。