スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

注目

塚本数学クラブ

 高校受験で、大田区久が原にある、塚本数学クラブにお世話になった。 当時はまだ狭い教室で、中3は自分を含めて3人しかおらず、夕方から始まって、情容赦なくしごかれて、制限時間などあって無きが如く、こっちは終電間に合うかな?などと思いながら、必死で授業に喰らいついていた。 当然、母親もどっかで待っていたのだが、基本的に確か週末に通っていたのが、途中から平日、つまり、学校が終わってから、直に東急池上線久が原まで通っていた。 それで、どうにかこうにか羽生に帰るには、新幹線を使った記憶はあまりないが、東武伊勢崎線じゃ帰れないから、JRで熊谷まで行って、そこから秩父鉄道で羽生まで帰る、というパターンが多かった。 (一回だけ「急行のと」で熊谷まで行ったことがある。) それで、どうしても帰れないくらい延長したときには、五反田の「ゆうぽーと」に泊まって、数時間だけ寝て、朝の3時半くらいに起こされて、五反田駅まで猛ダッシュして、どうにかこうにか浅草始発の東武伊勢崎線に乗ると、不思議といつも自分が羽生駅から学校(佐野日大中学)に通うための便にそのままなる、という事態だった。 それで、どういうわけか、千代田線の明治神宮前駅(表参道)で乗り換えて、北千住で東武伊勢崎線に乗り換える、という時もあって、その場合、明治神宮前駅で切符を買うわけだが、佐野日大の連中も目ざといから、その切符を見て、「小林がなにか企んでいる」ということになって、ちょっとザワついていた。 まさか武蔵に受かるなど、到底信じられなかったが、本当に燃え尽き覚悟で、必死だった。 あれが多分1996年とかだったはずだから、ちょうど今から30年前ということになる。 つい、昔のことを思い出してしまう。

最新の投稿

民度

みやもとクリニック行ってきた。

明暗

曲江

高市の浅ましさには、心底ウンザリする。

カント哲学と現代の生きづらさ

戦後国際政治経済と金融化調査