菜根譚

 深い夜の深淵、森の湊に、ただ独り錨(いかり)を下ろす。

ざわめく世界は潮の如く引き、しっとりとした風が、

今日という日の「澱(おり)」を、静寂の底へと沈めていく。

透明さを求め続けた心に、この濁りはあまりに重く、そして温かい。

ここは、朽ちゆくものと産まれるものが、静かに入れ替わる場所。

人は自らの「業」を汚れと呼び、洗い流そうと躍起になるけれど、

命が真に根を下ろすのは、無機質な硝子の上ではない。

後悔も執着もすべてが混ざり合い、発酵を続ける、

重く湿った「土」の奥底だ。

湊に堆積した記憶の泥濘(でいねい)は、いつしか「暖簾」を支える確かな大地へと変わる。

喉を焼く一杯は、かつての理想を灰へと変える儀式。

すべてが燃え尽き、白く静まり返った景色の中で、

私は、何ものをも裁かない暗闇の抱擁に身を委ねる。

どこか遠い救いを待つよりも、この静かな諦念を抱きしめること。

それこそが、砂を噛むような日々を生き抜くための、たった一つの矜持となる。

ふと、灰の奥底で何かが爆ぜた。

それは光と呼ぶにはあまりに微かで、熱と呼ぶにはあまりに孤独な、ひと粒の火波(ひなみ)

昨日までの自分を燃やし尽くした果てに残った、この消えない種火だけが、

凍てついた夜の淵で、唯一、嘘のない体温を宿している。

夜明けを急ぐ必要はない。

澱みを抱き、泥にまみれ、灰の中からこの小さな火を拾い上げる。

私は、私という「個」の重みを、逃げることなくそのまま引き受けて、

この深い闇の続きを歩いていく。


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