民度
2浪していて、羽生から御茶ノ水に通っていた頃、地下鉄千代田線の新御茶ノ水駅と東武伊勢崎線羽生駅の間を往復していたわけだが、今はどういう構造になっているのか知らないが、以前は、千代田線の北千住駅と、東武線の北千住駅の間には、何の障壁もなかった。
たぶん、今は自動改札とかあるんじゃないかな?
それで、今はまた違うんだが、昔は、浅草始発で太田行きの最終列車、つまり、自分からすれば、駿台が終わってから、その列車に乗らないと、家に帰れない、という列車があったのだ。
当時は、周りがみんな携帯電話やらPHSを持っているのに、自分だけポケベルを持っていて、しかも、当然銀行口座すら持っていないし、そんな大金持ってる訳でもないから、その最終列車を逃したら、本当に交番にでも行くしかない、という時代があったのだ。
そして、ある日、駿台が終わってから、どういうわけかその最終列車ギリギリになって、千代田線から、東武伊勢崎線まで、猛ダッシュしなければいけない、という時があったのだ。
そうして、猛ダッシュして、辛うじて東武伊勢崎線に乗ったら、当然息が切れている。
ハアハアと。
それを、あからさまにクスクスと笑っているクズ女がいたから、ブチ切れて、物理的攻撃は一切せずに、ただ無言で圧かけまくってやった。
こっちはこれに乗らないと、路頭に迷うってのに、なんなんだテメエ?と。
そいつは草加だかどっかで降りたが、おそらく、こっちにとっては終電だということが、理解出来なかったのだろう。
まだネットが発達する以前の話だが、ああいうクズが、あの時点で既に潜在的にいたのだ。
電車の中だから、どうせ何も出来ないだろう、とタカをくくっていたのだろう。
ほんとね、東武伊勢崎線ってのは、民度が低くてイヤになる。
ほんと、2浪しててそれだから、2002年に大学受かって、友達と韓国に旅行する段になって、ようやく携帯電話を持たせてもらって、あの頃は女子高生がものすごい指さばきで携帯電話をいじくり回していた時代だったが、(当時スマホなんてものはこの世に存在しなかった)自分は、携帯電話のメールの打ち方すら覚束ないまま、当時最先端と自他ともに認める慶応SFCに入れられて、いきなりプログラミングだなんだと来たもんだから、ほんとについていけなかった。
半角英数ボタンがどこにあるかもわからない。
ましてやコピペのやり方もわからない。
そんな状態で、HTMLでホームページ作れ、と言われても、困る。
しかも、完全管理の密閉空間で。
あれはマジでトラウマになる。
そんなこんなありつつ、ここまで生きてきました。

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