2001/9/11 米同時多発テロ ―あれから25年―

 あれから25年か。

あの時のことは、今でもよく覚えている。

2浪していて、羽生から御茶ノ水の駿台に通っていたのだが、ちょうどあの日、駿台で知り合ったやつに、無理やり焼肉に連れて行かれて、終電がなくなって、仕方なくそいつの国分寺の安アパートに泊まったのだ。

(正直、犯されるのかと思った。しかし、そういう趣味のやつではなかった。)

当時すでに、極度の不眠症と、重度の離人症に悩まされながら、日々だましだまし凌いでいたのだった。

不眠症だから、一晩一睡もせず、明け方、その安アパートで勝手にテレビを点けたら、あの時の映像が流れていた。

とにかくまあ、そんな状況で、よくまあ大学受験を乗り切れたものだ、と我ながら関心する。

それだけでも何かご褒美でも欲しいくらいだ。

そして、多言は無用だが、大学入って3年目で、ついにオカシクなった。

それでも、ここまで生きてきた。

正直、我ながら凄いとしか言いようがない。

よくまあ、途中で人生をなげなかったものだ。

それは、客観的に見て、称賛に値すると思う。

どんな困難にも、めげなかった。

この25年間は、俺自身にとって、率直に誇っていいものだと思う。

あの時の俺には、25年後、自分自身が、こんな人間になっていて、こんな人生を送っているなど、およそ想像するのは不可能だった。

それはそうだろう。

情報通信革命が起きて、世界が一変したのだから。

でも、相変わらずアメリカ一強だが。

あの頃の政治状況からすると、アメリカの衰退の始まり、などと喧しく言われたものだが、ITテックの台頭で、少なくとも経済的にはアメリカは余計強くなった。

そして、中国がそれに比肩する勢いで台頭し、韓国・台湾も、日本を抜かした。

この25年、日本は、ダラダラと衰退した、というイメージは、自分もある。

今や、浪人すらなかなか出来ないご時世なのだから。

俺は、じつに恵まれていた。

少なくとも金銭的には。

でも、メンタルという意味では、いつ破綻してもおかしくなかったのだった。

本当に、よくここまで生きてきたものだ。

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