自分は
石破さん
推しだけど、
石破さんが
首相の座にいることで、
将来の先行き
不安から、
消費が落ち込む、というなら、
退陣も仕方ない、と
思う。
確かに、
高市とかが
首相になって、気分的に
消費ムードが改善して
消費が上向くなら、
それはそれで
一つの選択肢ではあると思う。
しかし、重要なのは
一時的な
気まぐれによる
景気回復ではなく、
日本企業が
余剰資金を研究開発に充て、
日本の消費者の財布の
ヒモを緩めるくらいの
「新機軸」を
打ち出すことが
長期的な視野に立った場合、
決定的に
重要なことだろう。
それを抜きにして、
政府と日銀が
大盤振る舞いしてくれるから、
それをアテにして
日本企業も
体質を改善しない、というなら、
本末転倒だ。
むしろ害悪ですらある。
日本企業が
社運を賭けるぐらいの
覚悟で
「新機軸」を
打ち出して、
消費者もその商品に魅力を
感じて
消費する、というぐらいの
勢いがなければ、
この国の未来は暗い。
その場限りの
ユーフォーリアはむしろ
痛みを
麻薬でごまかすのと同じだ。
政治は経済だけが
フォーカスされるべきではないが、
経済に関していえば、
そういうことが
言えるだろう。
ただ、かなり
難しい選択でもある。
日本企業が、政治の
その場限りの
バラマキで景気がよくなったところで、
かえって
何も
変わらない、というのが
アベノミクスの教訓といえるだろう。
そういう意味では、
国民の側の
危機意識もかなり大事だ。
無駄に財布のヒモを
緩めろ、などとは言えないが、
「良いもの」よりも「安さ」を
追い求めた
消費者行動が、
日本企業の保守的な
経営体質を助長した側面も
否めない。
1. 序論:『それから』に映し出される明治期の近代化 本稿は、夏目漱石の小説『それから』を題材に、日本の近代化がもたらした状況と、それが個人の経験に与えた影響について考察するものである。特に、経済的豊かさが生み出す「自家特有の世界」への耽溺と、それが最終的に経済の論理に絡め取られていく過程、そしてテオドール・W・アドルノが指摘する、社会の合理化と精神世界における非合理への慰めを求める人々の傾向を、作品を通して分析する。 日本の明治時代(1868-1912年)は、長きにわたる鎖国状態を経て、1853年の黒船来航を契機に世界と対峙し、驚くべき速度で西洋の制度や文化を取り入れ、「近代国家」への道を歩んだ画期的な時代である 。この時期には、鉄道、郵便局、小学校、電気、博物館、図書館、銀行、病院、ホテルといった現代の基盤となるインフラや制度が次々と整備された 。政府は「富国強兵」や「殖産興業」といった政策を推進し、工場、兵舎、鉄道駅舎などの建設を奨励した。また、廃藩置県や憲法制定といった統治制度の変更に伴い、官庁舎や裁判所、監獄などが建設され、教育制度の導入は学校や博物館の整備を促した 。 西洋化の影響は日常生活にも深く浸透した。住宅様式においては、外国人居留地を起点に西洋館が普及し、やがて庶民の住宅にも椅子式の生活スタイルが段階的に浸透した 。食文化においても、仏教の影響で長らく禁じられていた肉食が解禁され、西洋列強との競争意識から日本人の体格向上と体力増強が期待された 。洋食は都市部の富裕層を中心に広まり、カレーライスやオムライス、ハヤシライスといった日本独自の洋食が定着した 。大正ロマン期(1912-1926年)には、西洋文化と日本独自の文化が融合し、「モガ」や「モボ」と呼ばれる若者たちが洋装に身を包み、カフェで音楽や映画を楽しむ「自由でおしゃれな空気」が醸成された 。経済面では、明治後期から軽工業が発展し、日露戦争前後には鉄鋼や船舶などの重工業が急速に発展し、日本の近代化を加速させた 。第一次世界大戦期には工業生産が飛躍的に増大し、輸出が輸入を上回る好景気を享受した 。 『それから』(1909年発表)は、夏目漱石の「前期三部作」の二作目にあたり、急速な近代化が進む日本を背景に、個人の欲望と社会規範の...
コメント
コメントを投稿