スキップしてメイン コンテンツに移動

レポートネタ (再掲)

2011年の「ウォール街を占拠せよ」 運動に端を発する 反格差デモは世界中に広がり、 格差拡大の加速を象徴した。 アメリカでは、 上位10%の所得層が 2021年に総所得の46%を 占めるまでになった。 これは 1920年代に匹敵する 富の集中であり、 当時の 革命運動の再来を想起させる。 共産主義は、私有財産を奪う 究極の反格差運動と言える。 1917年のロシア革命後、 第3インターナショナルが設立され、 反資本主義の機運が高まった。 当時のグローバル化は ロシアにも経済成長をもたらしたが、 格差を拡大させ、 日露戦争や第一次世界大戦による 困窮も重なり、革命へと繋がった。 ソ連成立後、 富の集中度は大幅に低下した。 現代では、 ポピュリズムが 人々の怒りの受け皿となっている。 トランプ大統領やオルバン首相のように、 国際協調に背を向ける姿勢が 支持を集めている。 人々が刹那的な主張になびくのは、 他者への信頼が 失われているからだ。 世界価値観調査では、 北欧諸国に比べて アメリカや日本では 他者への信頼度が低い。 信用は本来、 合理的な裏付けを超えるものであり、 リスクを伴う。 資本主義の発達により、 血縁や地縁の関係が希薄化し、リスクが増大したため、 契約の発達や信用の合理化が進んだ。 しかし、 信用の合理化が進みすぎると、 客観的な指標で算定された信用こそが 全てであるかのような 逆転現象が起こる。 ポピュリズム政党は、 既成政治を一部の特権階級の 占有物として描き、 大衆の声を代表する存在として 現れる。 グローバル化は、 一部の富裕層に富を集中させる一方で、 不安定雇用を増大させ、 新たな下層階級を生み出している。 富が集中するほど 他者への信頼が下がり、 「フェアネス指数」が低下し、 ポピュリズムに翻弄されやすくなる。 グローバル化は世界の富を拡大したが、 分配の偏りを生み出した。 日本でも新自由主義的な政策により 格差が拡大している。 大企業は グローバル展開と 国内労働条件の引き下げにより 利潤を増加させてきたが、 その利潤は 再びグローバル投資に振り向けられ、 株主配分に重点を置いた 利益処分が強まり、 所得格差を拡大させている。 経済的に恵まれない層は、 ワーキングプアとも言われる状況で アイデンティティーを脅かされている。 旧来の中間層が 貧困層と同じ境遇に置かれることは屈辱であり、 生活苦も重なる。 過剰な同調圧力の中で、 人々は民族の 「本来性」 を求め、 排外主義的な傾向を強める。 グローバル化による 均質化、画一化が進むにつれて、 反動として 民族主義的な傾向が現れるのは 必然的なのかもしれない。 資本主義が高度に発展し、 物象化が進み、疎外が深刻になるほど、 人々は本来性を追求する。 社会が体系化され、 個人が歯車と化したとき、 人々は精神的な領域に救いを求め、 ヒエラルキーに組み込まれることに慰めを見出す。 ポピュリズムは、 現代のデモクラシーが抱える 矛盾を露呈させた。 多くの人々は ポピュリズムを歓迎しないが、 その指摘に内心頷いている。

コメント

このブログの人気の投稿

夏目漱石とアドルノ:「それから」を題材に (再掲)

1. 序論:『それから』に映し出される明治期の近代化 本稿は、夏目漱石の小説『それから』を題材に、日本の近代化がもたらした状況と、それが個人の経験に与えた影響について考察するものである。特に、経済的豊かさが生み出す「自家特有の世界」への耽溺と、それが最終的に経済の論理に絡め取られていく過程、そしてテオドール・W・アドルノが指摘する、社会の合理化と精神世界における非合理への慰めを求める人々の傾向を、作品を通して分析する。 日本の明治時代(1868-1912年)は、長きにわたる鎖国状態を経て、1853年の黒船来航を契機に世界と対峙し、驚くべき速度で西洋の制度や文化を取り入れ、「近代国家」への道を歩んだ画期的な時代である 。この時期には、鉄道、郵便局、小学校、電気、博物館、図書館、銀行、病院、ホテルといった現代の基盤となるインフラや制度が次々と整備された 。政府は「富国強兵」や「殖産興業」といった政策を推進し、工場、兵舎、鉄道駅舎などの建設を奨励した。また、廃藩置県や憲法制定といった統治制度の変更に伴い、官庁舎や裁判所、監獄などが建設され、教育制度の導入は学校や博物館の整備を促した 。    西洋化の影響は日常生活にも深く浸透した。住宅様式においては、外国人居留地を起点に西洋館が普及し、やがて庶民の住宅にも椅子式の生活スタイルが段階的に浸透した 。食文化においても、仏教の影響で長らく禁じられていた肉食が解禁され、西洋列強との競争意識から日本人の体格向上と体力増強が期待された 。洋食は都市部の富裕層を中心に広まり、カレーライスやオムライス、ハヤシライスといった日本独自の洋食が定着した 。大正ロマン期(1912-1926年)には、西洋文化と日本独自の文化が融合し、「モガ」や「モボ」と呼ばれる若者たちが洋装に身を包み、カフェで音楽や映画を楽しむ「自由でおしゃれな空気」が醸成された 。経済面では、明治後期から軽工業が発展し、日露戦争前後には鉄鋼や船舶などの重工業が急速に発展し、日本の近代化を加速させた 。第一次世界大戦期には工業生産が飛躍的に増大し、輸出が輸入を上回る好景気を享受した 。    『それから』(1909年発表)は、夏目漱石の「前期三部作」の二作目にあたり、急速な近代化が進む日本を背景に、個人の欲望と社会規範の...

旬報社 (再掲)

もし、日銀が目的としている2%の物価上昇が実現した場合、国債の発行金利が2%以上になるか、利回りが最低でも2%以上になるまで市場価格が下がります。なぜなら、実質金利 (名目利子率-期待インフレ率) がマイナスの (つまり保有していると損をする) 金融商品を買う投資家はいないからです。国債 (10年物) の利回りは0.1%程度 (2018年11月現在) ですが、それが2.1%に上昇した場合、何が起こるでしょうか。政府の国債発行コストが跳ね上がるのはもちろんですが、より重要なことは、国債価格が暴落し、国債を大量に保有している銀行に莫大な評価損が出ることです。 経済の論点 旬報社 72ページより

据え膳食わぬは男の恥 (再掲)

20年前、 2003年の大晦日に 館林の 中学の同級生の家に 集まって、 もう 彼ら カラオケとかボーリングじゃ 飽き足りなくなってて、 車の免許も 持ってるから、 太田の 歓楽街に連れてかれて、 オッパブ行くことになって、 しょうがないから 付いてった。 今だに キャバクラすら 行ったことのない俺が。 出されたものは 丁寧に頂戴しないと、ということで、 丁重に いただいたら、 風邪ひいた。 そうだよね。 知らねーオッサンと 間接キスしてるのと 同じだもんね。 人間20年もあれば 成長するな。 他のやつは オッパブのあと ピンサロとか行ったみたいだったが、 俺は 勘弁してもらって、 屋台のドネルケバブ食ってたら、 連中とはぐれて ケータイも彼らの 車の車中に置いたまんまだったから、 しょーがねーから 太田駅まで行って、 始発で羽生帰ろうと思って コンビニで立ち読みして 時間潰してたら、 探しに来てくれた。 やっぱ 俺の考えることは 理解しているらしい。 もっとも、駅前にいなかったら それ以上 探さないとは言ってたが。 今じゃ みんな立派になったよ。 外科医とか物理学者とか消防隊員とか。 フラフラしてんのは 俺ぐらいだね。 でもまあ、中学の同級生と 年末に集まったのは それが 最後になっちゃったな。 (あれ、違ったかな? あんま覚えてない。) たぶん 会っても、話が噛み合わない。 共通の話題といったら 共通の知り合いの話ぐらいしか ネタがないし、 言うまでもなく 自分は 彼らとは 高校違うから。 彼らみんな理系だから、 ド文系の俺の話には 興味ないし、 俺も 理系の専門的な話は まったく わからない。