2025年1月4日土曜日

「近現代ヨーロッパの歴史」質問と回答 (再掲)

質問:いわゆる人権宣言のなかで、経済活動の自由化とともに、ギルドなどの中間団体(社団)の廃止の改革が矢継ぎ早に実施された、とあるのですが、これは、当時のイギリスに対抗する措置として捉えればよろしいのでしょうか?ギルドというのは、それほどまでに、当時、非効率・閉鎖的で、かつ政治権力も有していたということでしょか?それをイギリスに対抗すべく、近代的な大量生産体制へと変貌させようという意図があったと考えてよろしいのでしょうか? 回答:フランス革命中の1791年3月に制定されたアラルド法により同業組合が禁止され、同年6月のル=シャプリエ法により組合組織の結成やストライキが禁止されました。これらの法令は、個人間の自由な契約のみが社会の基礎であり、個人の自由を束縛する社団は廃止されるべきであるという考え方に基づくものです。その意味で、社団(中間団体)の廃止は、貴族制の廃止(身分制の廃止)と同列のものでした(山崎耕一『フランス革命』刀水書房、2018年、92~93頁参照)。したがって、これらの法令はイギリスに対する対抗というよりは、フランス革命の理念そのものに基づくものであったと考えた方がよいでしょう。また、革命直前のギルドが閉鎖的で非効率なものとなっていたことはあるとしても、それほど大きな政治権力をもっていたとは言えません。さらに、ギルドの廃止によって「近代的な大量生産体制に変貌」させるという意図があったとは言えないでしょう。

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