こうしてわれわれは、
私が社会的整形外科と
呼ぶものの時代に入ります。
それ以前に知られていた
固有の意味での
刑罰社会に対して、
私が規律社会として
区別する社会の一タイプ、
権力の一形態のことです。
それは社会的コントロールの時代です。
先ほど引いた理論家のなかに、
ある種のしかたで、
この監視社会、社会的整形外科の
図式のようなものを
予想し呈示していた人がいます。
それがベンサムです。
(中略)
われわれの生を
取り巻く
権力形態を
最も厳密に規定し
記述したのは彼なのです。
それに彼は
整形外科の一般化した
この社会の、小さいけれども
すばらしい、有名なモデルを
呈示しています。
あの一望監視装置(パノプティコン)です。
精神に働く
あるタイプの精神の権力を
可能にする建築形態、
学校や病院、刑務所、感化院、養老院、工場にとって
ものを言うにちがいない
一種の施設です。(103ページ)
ベンサムによれば、
このちょっとした
すばらしい建築学的からくりは、
一連の施設に使うことができるのです。
一望監視装置は
一社会のユートピアであり、
実のところ、われわれが
今経験している社会という
権力のタイプの、
実際に実現された
ユートピアなのです。
このタイプの権力は
掛け値なく一望監視方式と
名づけることができます。
われわれはその
一望監視装置が
支配している社会に
生きているのです。(103ページ)
一望監視装置とともに、
まったく違った
何かが生み出されます。
もはや調査ではなく、
監視が、検査があります。
もはや出来事を
再構成することではなく、
何か、というより、
不断に、
すみずみまで
監視されるべき
誰か
が
問題になります。
誰かが諸個人を
不断に監視し、
その誰かが
―教師、作業監督、医師、精神科医、看守長―
彼らの上に権力を及ぼし、
権力を及ぼすかぎりで、
監視するとともに、
監視される者たちについて、
彼からに関して、
知を構成するのです。
この知はもはや、
何かが起きたのかどうかを
決定するのではなく、
ある個人が
しかるべく振舞うかどうか、
規則に適して振舞うかどうか、
進歩するかどうかを
見定めることを
特徴とするものなのです。
この新しい知はもはや、
「これこれが
なされたか?
誰がそれをしたのか?」
という問いのまわりに
組織されるのではありません。
もはや、
いたとかいないとか、
あったとかなかったとかの
用語で整序されるのではなく、
規範を中心に、
正常かそうでないか、
適正かどうか、
なすべきことかいなか、
といったタームで
整序されるのです。(104ページ)
1. 序論:『それから』に映し出される明治期の近代化 本稿は、夏目漱石の小説『それから』を題材に、日本の近代化がもたらした状況と、それが個人の経験に与えた影響について考察するものである。特に、経済的豊かさが生み出す「自家特有の世界」への耽溺と、それが最終的に経済の論理に絡め取られていく過程、そしてテオドール・W・アドルノが指摘する、社会の合理化と精神世界における非合理への慰めを求める人々の傾向を、作品を通して分析する。 日本の明治時代(1868-1912年)は、長きにわたる鎖国状態を経て、1853年の黒船来航を契機に世界と対峙し、驚くべき速度で西洋の制度や文化を取り入れ、「近代国家」への道を歩んだ画期的な時代である 。この時期には、鉄道、郵便局、小学校、電気、博物館、図書館、銀行、病院、ホテルといった現代の基盤となるインフラや制度が次々と整備された 。政府は「富国強兵」や「殖産興業」といった政策を推進し、工場、兵舎、鉄道駅舎などの建設を奨励した。また、廃藩置県や憲法制定といった統治制度の変更に伴い、官庁舎や裁判所、監獄などが建設され、教育制度の導入は学校や博物館の整備を促した 。 西洋化の影響は日常生活にも深く浸透した。住宅様式においては、外国人居留地を起点に西洋館が普及し、やがて庶民の住宅にも椅子式の生活スタイルが段階的に浸透した 。食文化においても、仏教の影響で長らく禁じられていた肉食が解禁され、西洋列強との競争意識から日本人の体格向上と体力増強が期待された 。洋食は都市部の富裕層を中心に広まり、カレーライスやオムライス、ハヤシライスといった日本独自の洋食が定着した 。大正ロマン期(1912-1926年)には、西洋文化と日本独自の文化が融合し、「モガ」や「モボ」と呼ばれる若者たちが洋装に身を包み、カフェで音楽や映画を楽しむ「自由でおしゃれな空気」が醸成された 。経済面では、明治後期から軽工業が発展し、日露戦争前後には鉄鋼や船舶などの重工業が急速に発展し、日本の近代化を加速させた 。第一次世界大戦期には工業生産が飛躍的に増大し、輸出が輸入を上回る好景気を享受した 。 『それから』(1909年発表)は、夏目漱石の「前期三部作」の二作目にあたり、急速な近代化が進む日本を背景に、個人の欲望と社会規範の...
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