功利主義の根底にある条件は、例えばミカンとリンゴの個数のトレードオフ関係のように、効用曲線が原点に向かって凸であることが想定されている。
しかし、その個々人の効用曲線の総和としての、社会全体の効用曲線を推定して政府が政策を決定する、というアイデアは、現代社会の実態にそぐわないのではないか。
人々の(少なくとも経済的な)需要、あるいは好みと言い換えれば、効用は、極めて多様化しており、総体としての効用曲線を想定することの意義は薄れていると思われる。
菅直人元首相が「最小不幸社会」という用語を用いたのは、功利主義的な立場からは正当だろう。
しかし、それは社会から支持を得られたとは言い難い。
例えばスマートフォンで、初期設定の状態ならば、自分に興味のある記事も、逆に全く関心のない記事も、一緒くたに表示される。
しかし、閲覧履歴や、さらに記事への肯定的、あるいは否定的なフィードバックをすることによって、提供される情報は、個々人によって大きく異なってくる。
しかも、個々人は、自分の見ている世界が、自分にパーソナライズドされたものだと気づかずに、あたかもそれが他の人々が見ている世界と共通のものだと錯覚しやすい。
そのような状況にあって、社会全体としてある統一的な嗜好の傾向を導き出す意義は薄れていると言えないだろうか。
しかし、これは必ずしも肯定的な面ばかりとは言えない。
「私の目に浮かぶのは、
数え切れないほど多くの似通って平等な人々が
矮小で俗っぽい快楽を胸いっぱいに思い描き、
これを得ようと休みなく動きまわる光景である。
誰もが自分にひきこもり、他のすべての人々の運命にほとんど関わりをもたない。
彼にとっては
子供たちと特別の友人だけが人類のすべてである。
残りの同胞市民はというと、彼はたしかにその側にいるが、
彼らを見ることはない。
人々と接触しても、その存在を感じない。
自分自身の中だけ、自分のためにのみ存在し、家族はまだあるとしても、祖国はもはやないといってよい。」
「アメリカのデモクラシー」 岩波文庫 アレクシス・ド・トクヴィル 第二巻下2596ページ
人々は、金銭稼得能力の程度によって、自らの肯定感やその逆に否定的な感覚を抱きがちであるが、しかし、世界的な中産階級の縮小に伴い、人々の金銭稼得能力に対する見方も、両面的になっていると思われる。
貨幣文化の出現は伝統的な個人主義が人々の行動のエトスとして機能しえなくなっていることを意味した。「かつて諸個人をとらえ、彼らに人生観の支え、方向、そして統一を与えた忠誠心がまったく消失した。その結果、諸個人は混乱し、当惑している」。デューイはこのように個人が「かつて是認されていた社会的諸価値から切り離されることによって、自己を喪失している」状態を「個性の喪失」と呼び、そこに貨幣文化の深刻な問題を見出した。個性は金儲けの競争において勝ち抜く能力に引きつけられて考えられるようになり、「物質主義、そして拝金主義や享楽主義」の価値体系と行動様式が瀰漫してきた。その結果、個性の本来的なあり方が歪められるようになったのである。 「個性の安定と統合は明確な社会的諸関係や公然と是認された機能遂行によって作り出される」。しかし、貨幣文化は個性の本来的なあり方に含まれるこのような他者との交流や連帯、あるいは社会との繋がりの側面を希薄させる。というのは人々が金儲けのため他人との競争に駆り立てられるからである。その結果彼らは内面的にバラバラの孤立感、そして焦燥感や空虚感に陥る傾向が生じてくる。だが、外面的には、その心理的な不安感の代償を求めるかのように生活様式における画一化、量化、機械化の傾向が顕著になる。利潤獲得をめざす大企業体制による大量生産と大量流通がこれらを刺激し、支えるという客観的条件も存在する。個性の喪失とはこのような二つの側面を併せ持っており、そこには人々の多様な生活がそれぞれに固有の意味や質を持っているとする考え方が後退してゆく傾向が見いだされるのである。かくしてデューイは、「信念の確固たる対象がなく、行動の是認された目標が見失われている時代は歴史上これまでなかったと言えるであろう」と述べて、貨幣文化における意味喪失状況の深刻さを指摘している。(「ジョン・デューイの政治思想」小西中和著 北樹出版 p.243~244)
最近の若年層は、敢えて都会に出るよりも、地元ですべてを済ませてしまう傾向があるという。
それはそれで、彼らなりの貨幣文化(ジョン・デューイ)への対抗策なのだろう。
しかし、それも結局はトクヴィルが指摘したような、自らとその仲間たちだけの狭い空間に、彼らの存在領域を限定してしまう。
それはまさに「青春アミーゴ」の世界である。
それを象徴するのが、コムドットというユーチューバーの存在である。
私は視聴したことはないが、彼らの「地元ノリ」が、ウケているのだという。
ローカルな「地元最高」のノリが、ユーチューブとして多くの関係のない人々にウケる、というねじれ構造が見て取れる。
Google検索で、何でもわかると言われる時代になったが、逆に自分が何を知りたいかがわからないから、かえって使いにくい、という意見も聞こえる。
確かに、Google検索でカバーできる領域のすべてのカテゴリーを、余すことなく使いこなしている人を想像するのは難しい。
セブンイレブンに行けば、欲しいものは大体手に入る。
アマゾンカードを購入すれば、なおのこと手に入らないものはない。
以下日経新聞2023/1/20より
一部の大企業は自社の
プラットフォームを有料で公開することを決めた。
例えばアマゾンは自社の通販サイトを運用する
ために
独自の社内IT(情報技術)プラットフォームを
開発したが、
その技術を「切り売り」する
決断を下し、アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)を
打ち出した。
これを
契機にクラウドサービス業界が
出現することになる。
このような事態は、もはや企業の需要探索能力が、政府のそれを遥かに上回っている世界の到来を告げていると言っていいだろう。
つまり、政府が必然的に企業の協力を仰がなければならない事態だ。
ここにおいては、官僚機構が消費者の需要に追いつくには余りにも遅すぎることは容易に想像できる。
政治家においては、個々の政策の実効性や、実現可能性を語るよりも、「大きな物語」を語るほうが圧倒的に有利になる。
つまり、ポピュリズム政治が台頭する現実と整合的である。
1. 序論:『それから』に映し出される明治期の近代化 本稿は、夏目漱石の小説『それから』を題材に、日本の近代化がもたらした状況と、それが個人の経験に与えた影響について考察するものである。特に、経済的豊かさが生み出す「自家特有の世界」への耽溺と、それが最終的に経済の論理に絡め取られていく過程、そしてテオドール・W・アドルノが指摘する、社会の合理化と精神世界における非合理への慰めを求める人々の傾向を、作品を通して分析する。 日本の明治時代(1868-1912年)は、長きにわたる鎖国状態を経て、1853年の黒船来航を契機に世界と対峙し、驚くべき速度で西洋の制度や文化を取り入れ、「近代国家」への道を歩んだ画期的な時代である 。この時期には、鉄道、郵便局、小学校、電気、博物館、図書館、銀行、病院、ホテルといった現代の基盤となるインフラや制度が次々と整備された 。政府は「富国強兵」や「殖産興業」といった政策を推進し、工場、兵舎、鉄道駅舎などの建設を奨励した。また、廃藩置県や憲法制定といった統治制度の変更に伴い、官庁舎や裁判所、監獄などが建設され、教育制度の導入は学校や博物館の整備を促した 。 西洋化の影響は日常生活にも深く浸透した。住宅様式においては、外国人居留地を起点に西洋館が普及し、やがて庶民の住宅にも椅子式の生活スタイルが段階的に浸透した 。食文化においても、仏教の影響で長らく禁じられていた肉食が解禁され、西洋列強との競争意識から日本人の体格向上と体力増強が期待された 。洋食は都市部の富裕層を中心に広まり、カレーライスやオムライス、ハヤシライスといった日本独自の洋食が定着した 。大正ロマン期(1912-1926年)には、西洋文化と日本独自の文化が融合し、「モガ」や「モボ」と呼ばれる若者たちが洋装に身を包み、カフェで音楽や映画を楽しむ「自由でおしゃれな空気」が醸成された 。経済面では、明治後期から軽工業が発展し、日露戦争前後には鉄鋼や船舶などの重工業が急速に発展し、日本の近代化を加速させた 。第一次世界大戦期には工業生産が飛躍的に増大し、輸出が輸入を上回る好景気を享受した 。 『それから』(1909年発表)は、夏目漱石の「前期三部作」の二作目にあたり、急速な近代化が進む日本を背景に、個人の欲望と社会規範の...
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