俺は、心が暗闇に飲まれそうな時、心のなかに微かに灯る明かりを、ひとつひとつ追いかけて、それがどこから発せられているのかを、注意深く位置づけるクセを持っている。

そのひとつひとつの灯が、俺を迷宮から逃れさせるひとつの糸になるように。

そういうクセが骨の髄まで染み付いている。

だから、実は大雑把に見えて、めちゃくちゃ細かい。

今だってそうだ。

もう若くもない。

こうやって記録に残しておくことで、後から辿り直すことも出来る。

そう、俺はこう見えてめちゃくちゃ細かいんだ。

そうでもしなけりゃ、心臓発作を起こして死んでしまう。

こういう時、民法の知識がいかに大事ってことかを、認識する。

生きるというのは、そういうことだ。

単にわたしはこんなに勉強しましたとか、その程度の話ではない。

しかし、それだけでもない。

やっぱり、こういうことは、専門家に相談しないことには、スッキリしない。

あした、みやもとクリニックに行って吐き出してこよう。

・・・と、もしもボックスに語りかけた。


明けない夜が来ることはない

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