2026年7月12日日曜日

アジシオ


 

アジシオは重宝する。

母親が、高島屋でサーモンの刺身を買ってきてくれた。

アジシオかけて、食った。

母親は、ハイソな人間である。

いや、とんでもなくハイソ、言い換えれば、箱入り娘である。

港区に実家があり、根津美術館など庭だと思っていたレベルである。

高校も、都立日比谷だ。

だから、結構、目新しいものが好きである。

大学は女子栄養大学だったが、とにかく食べ物に興味がある。

しかし、調理が好きだとか、ましてや、プロ級だというには、程遠い。

単純に、メシに対する興味が、尋常ではない。

テレビだって、基本的にメシに関する番組をハシゴする。

自分は、といえば、実はそんなに興味がない。

強いて言えば、水にはこだわりたい。

やっぱり、セブンイレブンよりかは、ファミリマートのほうが、良い水を売っている。

そこらへんは、値段は正直だ。

どうにも疲れた時は、アマゾンでサントリーの奥大山の水を取り寄せる。

これを飲むと、たいてい疲れは取れる。

さて、自分はシティーボーイ、言い換えれば、お坊ちゃまクンである。

おそらく、自分を構成する要素の6割強は、「シティーボーイ」という要素で出来ている。

しかし、シティーボーイにはシティーボーイの哀しみがあるのである。

佐野日大中学から、私立武蔵高校へ、高校受験して入った。

すでにミラクルである。

高校受験専門の超高い塾代を払って、1年間狂ったように猛勉強した。

慶應義塾も慶應志木も、当然本庄早稲田も受かった。

おそらく、人生で一番テングになっていた時期である。

その費用は、母親が出してくれた。

じゃあ、なぜそもそも佐野日大中学にいたか、といえば、母親が父親と結婚して、父親の実家である埼玉県羽生市で暮らすことになったからだ。

自分は、幼稚園のときから羽生市で暮らしていたから、幼少期から青春期の途中くらいまでは、基本的に羽生市が生活圏であった。

とはいえ、たまたま父親が高崎に転勤になっていた時に、産まれたので、自分は実は高崎産まれなのである。

ややこしい。

ところで、筋金入りの都会人である母親にとって、羽生市での暮らしは、精神的に耐え難いものだったようだ。

母親も、自分と同じで、割と世間体というか、うわべを取り繕える人間である。

しかし、母親自身、どうしても羽生市での暮らしは、耐え難いものだったようだ。

今から思えば。

筋金入りのお嬢様だから。

つまり、埼玉県の最北辺に住んでいながら、息子を東京の進学校へ合格させるために、自分の嫁入り資金を惜しみなく注入する、という大胆な行動にでたのは、そもそもが、母親にとっては、東京がホームグラウンドである、という一点に尽きる。

母親は、血筋が良すぎるのだ。

そういう人にありがちなのだが、かなりややこしいメンタリティーをしていた。

かつては。

俺に心を開いてくれたのだって、5年前に母親が脳梗塞を患って初めて、と言っても過言ではない。

母親は、あまりにお嬢様気質なのだ。

それは、他人が羨むほど生易しいものではない。

つまり、メンタリティーが本気でややこしいのである。

あんまり苦々しい話をしたくはない。

でも、俺は、正直、佐野日大中学の同級生が、羨ましくて仕方がなかった。

思春期だからとはいえ、感情の向くままに、親に暴言を吐いたり、好き勝手な行動をしても、親になにも言われないことが。

(と、いっても、彼らも中学から私立に入る時点で、それなりにお坊ちゃまだが。)

俺が、母親に対してあんな行動に出たら、母親は、この世の終わりが来た、と言わんばかりの顔をしていただろう。

いや、そんなことしなくても、些細なことで「この世の終わりが来た」という顔をしていた。

それが、俺にとっての日常だった。

したがって、俺も、幼少期の頃から、すでに、神経症に近い状態だった。

なにも、母親を責めようってんじゃない。

とにかく、母親はあまりにも出自が良すぎるのだ。

それはそれで、かなり厄介だったりするのだ。

たとえ、俺を構成する要素の6割強が、「シティーボーイ」だったとしても、そこには色んな苦みやらやるせなさが、溶け込んでいるのだ。

あるいは、「毒」と言ってもいいかも知れない。

その「毒」が、長い年月を経て、ようやく「味」へと変化したのだ。

自分は、アジシオのような存在でありたい。

どんな高級な調味料よりも、ちょっと振りかけるだけで、素材の旨味を引き出せる。

そして、価格もお手頃。

そんな存在でありたい。

華やかな人生は要らないが、忘れられそうになりながら、でも、気付いたらなくてはならない。

そんな存在でありたい。


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