以前開講されていた、「経験論から言語哲学へ」の勢力尚雅先生と、古田徹也先生の放送授業ですな。
(単位取った。)
時間にも余裕があるし、いったん頭を空にしたら、また哲学を勉強したくなった。
勉強したい時に、いつでも勉強できるのも、放送大学の素晴らしいところ。
春休みに、最低でも2回は通して聞きたい。
久々に、この授業の単位は取りたいぞ!と思える授業だ。
以前開講されていた、「経験論から言語哲学へ」の勢力尚雅先生と、古田徹也先生の放送授業ですな。
(単位取った。)
時間にも余裕があるし、いったん頭を空にしたら、また哲学を勉強したくなった。
勉強したい時に、いつでも勉強できるのも、放送大学の素晴らしいところ。
春休みに、最低でも2回は通して聞きたい。
久々に、この授業の単位は取りたいぞ!と思える授業だ。
参政党みたいなトンデモと、言論封鎖大好きの高市が組んだ法案なんて、どうせロクなもんじゃない。
ごちゃごちゃ言うウルサイやつを封じ込めたいだけ。
今のうちに言っておかないと、そのうち抗議することすら出来なくなる。
だから、今、言う。
スパイ防止法ではしゃいでる連中は、大河原化工機での検察の冤罪事件を知らないんだろうか?
スパイ防止法なんて名前の法律なんかなくても、中国だか北朝鮮だかに技術を漏洩していると嫌疑をかけられれば、法律で罰せられるんだぞ?
おそらく、スパイ防止法で喜んでる奴らは、間違っても自分に被害が及ぶ、なんてことは微塵も考えてねーんだろうな。
オメデタイ奴らだ。
もう、勉強はええわ。
吐く。
もちろん、授業内容に興味はめちゃめちゃあるんだけど、いくら美味しいからって、食える量には限界がある。
面接授業の会場が近いからとか遠いからとか、は関係ない。
(でもそんなの関係ねえ!)
90分✕8コマを、2日間で黙って聞いている、というのが、もうシンドい。
自分は理屈ばっかりで、実証性が乏しいことしか言えないから、フィールドワークで情報を獲ってこれる人って、マジで尊敬する。
(自分がそういうの全く出来ないから。)
でも、いかんせんお腹いっぱい。
・・・切符を払い戻してもらおうか、迷っている。
また買い直すのはめんどくさいし。
せっかく特急の指定券取れたし。
でも、本当にそれでいいのか。
遠方に行くからこそ、面接授業に全集中しなきゃ、とは当然思う。
でも、それももうシンドい。
講義が面白いことはわかっているのに。
遠方だからこそ、かえって自分と母親の慰労旅行でもいいじゃん、という気もする。
この20数年間を、労ってやっても、いいじゃないか、という気もする。
結局、最後の最後まで、悩みそうだ。
・・・そうだ、自分は観念論者なんだ。
しっかり自分にご褒美をあげて、また心機一転あたらしいことに挑戦するのも、いいだろう!
今回の面接授業が、それこそ最後のピースを埋める、くらいに思っていたが、勉強し尽くした、と思っていたことでも、新たな発見がある。
・・・結局、今日(2025/11/22)土曜日、ホテルの最寄り駅から面接授業会場の最寄り駅までの切符を、払い戻してもらってきた。
生まれて初めてと言って過言ではない、母親との文字通りエンジョイ旅行だ。
ご提示いただいた内田隆三先生の『生きられる社会』と大澤真幸先生の議論を補助線に、『彼岸過迄』を「近代都市の不可能性」と「探偵小説の挫折」として読み解くスリリングな対話、大変興味深く拝読しました。
最後の「Google Geminiの回答」も非常によく整理されていますが、森本先生が提示された**「モザイク状のテクストを、安易に統合せずにどう読むか」**という問いは、漱石文学、ひいては近代文学全体に関わる最もクリティカルな難問です。
私からは、この対話をさらに深めるために、**「モザイクの『継ぎ目(亀裂)』こそが主役である」**という視点から、もう一歩踏み込んだ解釈の補助線を提案させていただきます。
内田先生の論考にある「探偵小説=民主的な監視の共同体という外観」という指摘は鋭いです。通常、探偵小説では「探偵(=理性の目)」が都市の隅々までを見通し、謎を解くことで世界に秩序を取り戻します。
しかし、『彼岸過迄』において、探偵役であるはずの敬太郎は、あまりに**「無力な観察者」**です。
通常の探偵: 特権的な知性を持ち、都市の混沌を「意味」へと回収する。
敬太郎: ただ歩き回り、覗き見し、翻弄されるだけ。彼は都市の「深層」には到達できず、ただ「表層」を滑走する。
【読み解きのポイント】
この小説を「探偵小説の挫折」と捉えるならば、それは「犯人が見つからないこと」以上に、**「世界を一望できる特権的な視点(=神の視点、あるいは強力な主体)など、近代都市には存在しない」**という事実の露呈として読むことができます。敬太郎の凡庸さと頼りなさは、都市における我々自身のリアリティそのものです。
森本先生が懸念される「モザイクを組み合わせて事足れりとする読解」を避けるためには、断片同士をつなぎ合わせるのではなく、断片と断片の間にある**「断絶(落差)」**に注目するのが有効ではないでしょうか。
特に、物語の前半(敬太郎の視点)と後半(須永の視点)の「落差」は決定的です。
視点 | 性質 | 都市との関わり方 |
敬太郎(前半) | 外面的・行動的・好奇心 | 「交換」の論理に適応。 自分という確固たる核がないため、都市の刺激(差異)を次々と消費できる。 → 「生きられる」側 |
須永(後半) | 内面的・停滞的・自意識 | 「不変」の真理を希求。 交換不可能な「愛」や「アイデンティティ」を求めるがゆえに、都市の流動性の中で窒息する。 → 「生きられない」側 |
【提案する読解法:視差的読解】
この二つを「一つの物語」として統合するのではなく、**「敬太郎のような人間(都市の表層)からは、須永のような地獄(都市の深層)が絶対に見えない」**という、相互不干渉の残酷さとして読むのはいかがでしょうか。
モザイクのピースが噛み合わないことこそが、「隣人の苦悩に触れることができない」という都市的な疎外を描き出していると言えます。
大澤真幸先生の議論にある「愛による交換可能性の停止(=運命の相手)」という神話。須永が苦しむのは、まさにこの神話を信じたいのに、信じきれない近代知性の業です。
須永の話において、「自分が誰の子か(血統)」という事実は、本来なら彼のアイデンティティを固定するアンカーになるはずでした。しかし、都市化・資本主義化された社会においては、血統さえも一つの「情報(差異)」に過ぎず、彼を実存的な不安から救い出してはくれません。
(漱石は、近代人が直面する「個」の孤独と、集団の中での埋没の恐怖を、誰よりも早く、深く感知していました)
須永は、千代子との関係において「交換不可能な絶対的な愛」を求めますが、同時に「自分は、あるいは彼女は、他の誰かでもよかったのではないか?」という**「無限の交換可能性(=近代の虚無)」**に怯え続けています。これは現代の私たちが、SNS等を通じて常に「他者との比較・交換」に晒されている状況と極めて似通っています。
この小説が読みやすく、かつ想像力を刺激するのは、物語が**「未解決のまま放置されているから」**ではないでしょうか。
通常の小説(構築された近代小説)は、結末で矛盾を解決し、読者に「安心」を与えます。しかし『彼岸過迄』は、読者を「解決のない宙吊り状態」に置き去りにします。
読者は、敬太郎のように「まあ、そんなものか」と忘れることもできれば、須永のようにその深淵に立ちすくむこともできる。その**「自由という名の不安」**を読者に突きつけてくる点において、この作品は極めて現代的であり、都市論そのものであると言えます。
もしよろしければ、この視点をさらに具体的に深めるために、以下のどちらかのアプローチで考察を進めてみませんか?
「千代子」という存在の分析:
須永や敬太郎(男性たち)が勝手に神話化したりミステリー化したりする中で、実は最もリアリストとして都市を生き抜いているのは千代子ではないか?という視点からの再読。
『彼岸過迄』と『行人』の接続:
須永の苦悩は、次作『行人』の徳義において、より病的な「他者の心は不可知である」という認識論的絶望へと純化されます。この「進化(深化)」の過程を追うことで、漱石の都市論の行き着く先を見る。
日本企業の資金余剰と経済成長への課題:背景、現状、そして持続的成長に向けた提言
月末に、かなり遠方に、母親同伴で、面接授業に行く。
(なぜ母親同伴か、と言えば、ちょっと放ったらかしにすると、母親が萎えちゃうから。
と、言っても俺の障害年金で最終的には母親の分も含めて旅費を賄うのだが。)
で、当然、遠方まで行くからには、ということで、ちょっと面接授業に多くを期待しすぎていた面は否めない。
講師の先生も、受講生がどこから来たのかは把握してるから、群馬からわざわざ来て、つまんないからって、1限でバックレられたら、当然、さすがにこっちとしても、申し訳ない。
そんなわけで、事前に色々と勉強したりとか、講師の先生にメールでコンタクトを取ったりとか、やらんでも良いことまで、やった。
それで、ちょっと先生からレスポンスがないものだから、ちょっとヒネくれていた。
先生が講演している動画とかも拝見したし、お話は間違いなく面白い。
ただ、ちょっとメールにレスポンスがないことで、俺が勝手にヘソを曲げてしまっていた。
そんなこんなありつつ、友達に連絡したら、相手の立場も考えるように、と直言してくれた。
確かに、俺は当該面接授業に、多くを求めすぎていた。
それは、授業に参加する、つまり、遠方まで出向くコストに見合ったリターンを求める、という、当たり前のことに加えて、いわゆる「資本コスト」までいつの間にか計算に入れていた、ということ。
どういうことか、というと、コスト(旅費)に見合ったリターン(満足度)を求めるのはもちろんのこと、周囲からの「期待値」に応えなきゃいけない、という無意識の心理が働いていたから。
その「期待値」まで勘定に入れると、いきおい、面接授業に対する期待値がいやが応にも増して、一人芝居を演じてしまっていた。
しかし、「周囲からの『期待値』」というのは、結局、そうやって直言してくれる友人たちに対する、言わば「経営責任」みたいなもんだから、「周囲」が満足してくれるなら、単に面接授業が面白ければ、それでいいのだ。
そして、「周囲」、つまり友人たちは、俺をリスペクトしてくれる。
だからこそ、激務にもかかわらず、直言してくれる。
だから、単純に面接授業を聞いて、(旅費に見合うくらい)面白ければ、それで何の問題もないのだ。
神谷代表の発言に見られるような、国家主権を優先し、グローバリズムの急激な流れに制限をかける政策転換は、特定の有権者層に好意的に受け止められているが、その経済的な実現可能性は厳しく分析されなければならない。この反グローバリズムの姿勢は、国際経済学におけるダニ・ロドリックの「政治的トリレンマ」が提起する構造的なトレードオフに直面する。
現在注目されている反グローバリズムの経済的議論は、グローバルな効率性よりも国家主権と文化的な独自性を優先する、明確な「日本ファースト」ドクトリンに基づいて構築されている。このドクトリンは、ヒト・モノ・カネの急激な国際移動を制限することで、国内経済の自立とレジリエンス(強靭性)を確保しようと試みるものである。
政策の柱として挙げられるのは、高度に制限的な外国人政策である。具体的には、外国人に対する生活保護の支給停止、公務員への採用制限、そして外国人政策を一元的に管理するための「外国人総合政策庁」の設置などが主張されている 1。これらの措置は、流入する外国人労働力や移民に対する制限を強めることで、国家的な社会保障制度と国内秩序を守ることを目的とする。
その経済的な代替策として提案されているのが、徹底した内向きの投資戦略である。反グローバリズムの解決策は、外部からの労働力や資本に依存せず、国債発行を財源とした「教育国債」による日本人への集中的な人的資本投資に焦点を当てる 2。この戦略は、経済的困難を抱える日本国籍保有者を優先した教育関連給付金の拡充や、0歳から15歳の子供に対して月10万円の子育て・教育給付金を支給するといった、大規模な財政措置を伴う 2。これらの施策は、長期的に外国人労働力や技術輸入を代替できる、高付加価値な国内人材を育成することを目的としている。
ロドリックの定理は、深い経済統合(Deep Economic Integration)、国民国家主権(National Sovereignty)、そして民主政治(Democratic Politics)の三要素を同時に追求することは不可能であると主張する。日本の反グローバリズムへの政策転換は、明確に主権と民主主義を選択し、その対価として深い経済統合、すなわち「ヒト・モノ・カネの急激な移動」を制限する道を歩むことを意味する。
このトレードオフの最も深刻な影響は、経済効率性の犠牲である。外国人材や資本の流入を厳しく制限する決定 1は、比較優位やグローバルな労働力プールから得られる即座の効率性向上を根本的に否定する。この構造的なショックを相殺するためには、国内でそれと同等か、それ以上に強力な経済的カウンターフォースを即座に生み出すことが不可欠となる。
この政策路線で最も留意すべきは、政策対応の時間軸の不一致(Intertemporal Mismatch)がもたらすリスクである。外国人労働力の制限は、足元の深刻な人手不足に対する即座の供給サイドの緩和策を排除する 1。一方で、教育国債による教育投資は、長期的な生産性の向上を目指すものの、その成果が十分に現れるまでには15年から20年を要する。この労働力供給の制限と国内資本育成の成熟期間の長さが重なり合うことで、経済は深刻な生産性の谷間(プログレッシブ・トラフ)に陥る。少子高齢化による社会保障費の増大と歳入の停滞が続く現状において、この生産性の谷間は財政の崩壊リスクを著しく高める。ユーザーが指摘する「タイタニック号」の運命は、この時間軸のギャップを埋めることができなければ現実のものとなる。
また、主権の確保は単なる国境管理に留まらない。真の経済主権を確保するためには、多国籍企業(GAFA)に対して効果的に課税し、外国資本への依存なしに自国通貨を安定させる能力が求められる。これらは、次に述べるデジタル赤字や円の安定化といった課題に直結する。
政策的な観点から、この反グローバリズムの道を選択した場合の構造的なトレードオフと、それを実現するために求められる政策メカニズムを以下に示す。
Table 1: ロドリックのトリレンマを日本における反グローバリズムの選択に適用
政策選択軸 | 反グローバリズム下での目標 | 経済的・財政的トレードオフ | 求められる政策メカニズム |
深い経済統合 | 制限(労働・資本) | 競争的な資本・労働力流入の喪失。サプライチェーンコストの顕著なインフレ。 | ニッチな高付加価値製造業への主権的投資。国内回帰(Reshoring)補助金。 |
国民国家主権 | 最大化 | 国境、通貨、デジタル課税における厳格な統制が必須。 | 一方的デジタル税(UDTs)の導入。資本規制。人的資本への加速的な投資 2。 |
民主政治 | 維持 | 義務的な再分配と構造改革による国内摩擦の増大 3。 | 透明性の向上。ターゲットを絞った社会保障制度。教育国債などの高い財政負担への国民的合意形成。 |
反グローバリズムモデルの下では、ヒト(労働力)、カネ(資本、観光)、そして通貨安定という、外部に依存していた三つの要素を国内資源で代替する必要がある。この代替が不十分であれば、経済は深刻な構造不況に陥る。
外国人労働者の受け入れを厳しく制限する政策目標 1は、現在の日本の経済的現実、特に労働力不足という最大の問題と正面から対立する。このため、国内での代替手段の急進的な加速が避けられない。
現在の日本では、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進に必要なICT人材が極めて不足しており、多くの企業(ほぼ6割以上)が熟練したデジタル人材の不足を報告している 4。この危機的な状況下で、外国人専門人材の流入を断つことは、デジタル危機の解決を自ら遅らせる行為となる。デジタル専門知識は国際的に流動性が高いため、参入を制限することは、高付加価値な国際的なデジタル企業にとっての日本の魅力度を低下させ、結果として、外国技術(GAFA)への依存を不要なほど長期化させる要因となる。
この労働力不足を補うために、反グローバリズムの枠組みは、構造的な再訓練と教育改革への依存を強めざるを得ない。具体的には、「第四次産業革命を牽引する高度人材育成」や、既存の労働者に対する再教育・再訓練の機会提供に集中的に投資する必要がある 3。
教育国債に依存した政策 2は、長期的に献身的な高スキル人材を国内で育成することを目指している。しかし、この財政的な機動が正当化されるのは、長期的な生産性のリターンが、債務の即時的な利払いコスト、および労働力不足から生じる短期的な経済的損失を上回る場合に限られる。反グローバリズムは、労働力の問題を市場原理(外国人の賃金支払い)から、国家のバランスシート上の債務(教育債務、補助金)へと転嫁させる、根本的な労働市場の財政化を意味する。その長期的な実現可能性は、この財政支出が生み出す生産性向上カーブが指数関数的であるかどうかにかかっている。
外国人観光客はこれまで、重要な外貨獲得源として機能し、日本の国際収支を安定させ、特に構造的な貿易赤字(デジタル赤字を含む)の一部を相殺する上で決定的な役割を果たしてきた。反グローバリズム的な「日本ファースト」の姿勢が、外国人観光客の流れを排除または厳しく制限する場合、この重要な経済安定装置が失われることになる。
インバウンド収入の喪失シナリオでは、経常収支の黒字幅は大幅に縮小するか、あるいは赤字に転落し、円に対する下押し圧力がかかる。この不足分は、国内の資本創出か、あるいはグローバル統合を制限している状況下で極めて困難な、急進的な輸出成長によって補われなければならない。
ユーザーが指摘する「もはやかつての力がない円」を安定させる課題は、さらに深刻化する。資本流入を制限し、かつ国内で教育国債や補助金を通じてマネーサプライを増加させる政策を、対応する生産性の向上が伴わないまま実施すれば、さらなる通貨安を招き、輸入インフレを加速させ、国内の購買力を一層削り取ることになる。これは、反グローバリズム政策が、通貨リスクを増幅させる高いリスクを内包していることを示している。もしこの財政出動が即座の生産性向上につながらなければ、インフレ期待が急激に高まり、円への信頼が損なわれ、資本逃避を招き、財政的な「タイタニック」の軌道を加速させることになる。
日本経済のデジタル依存、特にGAFAに代表される多国籍デジタル企業への依存と、それに伴うデジタル赤字は、経済主権に対する中心的な脅威である。反グローバリズムの国家が財政的にこの脅威を無力化するためには、課税権の確保が不可欠となる。
日本の経済は、製造業や伝統的なサービス業に強く依存しているため、構造的に外国のデジタルインフラ(クラウドサービス、OS、AIアルゴリズム)に依存している。この依存は、デジタルサービスの支払い(輸入)が、デジタル関連の輸出を大幅に上回る構造的なデジタル赤字を生み出しており、国家資本の流出源となっている。これは、財政的な自律性を脅かす核心的な問題である。
多国籍デジタル企業に対する効果的な課税は、国家の税基盤を確保し、資本流出を相殺するために極めて重要である。
現行の国際課税制度は、ITの発展により生じた問題に対応しきれていない。GAFAに代表される多国籍企業グループは、市場国に物理的な拠点を有していない場合、現行制度では市場国で課税されないという問題が存在する 5。国際課税の伝統的な原則を見直し、価値が創造される場所(市場国)での課税を可能にする必要がある 6。
国際的な枠組みであるOECDの「第1の柱」は、この問題に対処しようとするが、その進展は遅く、政治的な妥協の産物である。第1の柱の制度設計においては、税収拡大を企図するEUと、「GAFA狙い撃ちは認めない」という米国の立場との対立が存在し 5、最終的にはITサービスだけでなく、ブランド品などの「消費者向け事業」も対象とされた。しかし、消費者向け事業の課税詳細は、多くの場合、納税額がゼロになり得る制度設計となっている 5。
反グローバリズムの要請(主権の最大化)と、失われた観光収入を相殺するという財政的な緊急性を考慮すると、緩慢で妥協的なOECDの合意に従うだけでは不十分である可能性が高い。強固な反グローバリズム政権は、日本市場で生み出されたGAFAの利益から迅速に歳入を得るために、地政学的リスクが高い**一方的デジタル税(UDTs:Unilateral Digital Taxes)**の導入を検討せざるを得ないだろう。
デジタル赤字の根本的な解決には、財政政策と並行して、外国からのデジタルサービス輸入の必要性を低減するための産業政策が求められる。
国内技術の自給自足を促すためには、日本が開発したクラウドサービスやAIサービスに対する戦略的な政府調達と、実質的な長期的な研究開発(R&D)補助金を組み合わせることが必要である。これにより、競争力のあるネイティブなデジタルインフラを構築することができる。また、この戦略を支えるためには、教育制度改革 2が、これらの主権的なテクノロジープラットフォームを構築するために必要とされる高度なエンジニアを迅速に供給することが前提となる 4。
主権の確保は、国際的な課税合意の遅れや妥協を待たず、財政的な自立を優先するために、税制上のリスクを受け入れることを必要とする。OECDの枠組み 5は国際的な受容性は高いが、反グローバリズムの目標とする財政的自立度を達成するには力不足である。したがって、反グローバリズムを貫徹する政府は、UDTの導入による財政安定化を優先し、その結果として生じる可能性のある米国からの貿易報復という地政学的リスクを許容する準備が必要となる。これは「現在の財政安定化か、国際的な貿易摩擦か」という厳しいトレードオフを突きつける。
Table 2: デジタル赤字緩和策:デジタル課税シナリオ比較
課税シナリオ | 焦点/目標 | 期待される歳入効果 | 地政学的リスク | 反グローバリズム日本における実現可能性 |
A. OECD 第1の柱準拠 | 市場国への歳入再配分(限定的範囲)。 | 中程度(緩慢なグローバル合意と最小限の負債設計に依存 5)。 | 低~中 | 高い(国際的に許容されるが、緊急の財政ニーズを相殺するには不十分)。 |
B. 一方的デジタルサービス税 (UDT) | 現地消費/データ抽出への課税(積極的)。 | 高い(赤字ギャップを迅速に埋める可能性)。 | 高い(米国からの貿易報復リスク)。 | 中程度(主権の主張が必要であり、反グローバリズムの目標と整合)。 |
C. 国内技術R&Dインセンティブ | 国内代替技術の育成によるデジタル輸入削減。 | 短期では低い。長期的には高い赤字削減効果。 | 低い | 高い(国家産業戦略/人的資本重視と整合 4)。 |
ユーザーが最終的に下した結論—内需拡大こそが唯一の選択肢ではないか—は正しい。しかし、この内需拡大は、厳しい財政的・人口学的制約の下で持続可能であるために、極めて戦略的かつ生産性駆動型でなければならない。
反グローバリズム環境下での財政赤字支出は、単なる即時的な消費刺激に終わってはならない。これは、債務比率を安定させるための長期的な生産性向上に戦略的に結び付けられる必要がある。
教育国債 2の使用は、単なる負債としてではなく、国家生産性へのレバレッジ投資として位置づけられなければならない。支出は、最高の財政乗数効果が期待できる分野(例:科学技術、人間中心の仕事 3)に精密にターゲットを絞る必要がある。
高付加価値の財政乗数を実現するためには、国内の生産能力、効率性、社会のレジリエンスを直接改善する公共事業や補助金(例:デジタルインフラ、医療の自動化、分散型再生可能エネルギー)に優先順位を置く必要がある。
持続的な内需は、消費性向の高い強力で広範な中間層に依存する。人口減少が進む中、一人当たりの需要を大幅に増加させることが必須となる。
ICT投資が加速し、「より高度なルーティン業務」が機械に代替される(オートメーション・リスク) 3に伴い、効果的な再分配政策は、影響を受けやすい層(非正規労働者、女性、低教育水準者)を保護しなければならない。政策は、社会保障セーフティネットを強化し、再訓練やリスキリングの機会を広範に提供する必要がある 3。
さらに、生産性の向上が確実に賃金上昇につながるよう、賃金安定化策を導入することが不可欠である。これは、生産性の利益が資本側(企業)にのみ捕捉され、需要の停滞を招く傾向に対抗するためである。
内需拡大の成否は、外国人労働者の制限によって生じた労働力不足(セクションII)によって根本的に制約される。
移民制限によって生じた10年から20年の労働力ギャップを埋めるため、日本は歴史的な水準を遥かに超えるペースでオートメーション(ICT投資)を加速させなければならない 3。これにより、定型的なタスクにおける人間労働への依存度を最小限に抑え、新しく教育された労働力を「人間にしかできない仕事」 3に解放する必要がある。
教育と生産性のフィードバックループの確保が極めて重要となる。大規模な教育投資(例:月10万円の補助金や多様な学校選択肢 2)は、迅速に高付加価値の経済活動に転換されなければならない。もし教育システムが求められる専門性の高い人材を速やかに生み出せなければ、教育国債の債務負担はデフレ的圧力となり、ユーザーが危惧する財政破綻を招くことになる。
Table 3: 内部代替戦略:労働力/スキルギャップへの対処
特定されたギャップ | 不足の原因 | 反グローバリズム政策の解決策 | 必要な加速率(推定) | 短期的な経済リスク |
労働力供給ギャップ | 外国人労働者の制限 1 | オートメーション/ICT投資 3 | 現在のレートを200%以上上回る(人口減少と移民損失を相殺するため)。 | サプライチェーンのボトルネック。設備投資コストの増大。 |
デジタルスキルギャップ | 既存の不足 4 | 教育国債/フリースクール 2 | 5~10年以内に十分なシニア専門人材を育成する必要がある。 | 教育資源の誤配分による高い機会費用。生産性リターンの遅延。 |
国内需要ギャップ | 人口減少/賃金低迷 | 再分配/賃金安定化 3 | 一人当たり消費を年率2~3%で上昇させる必要がある。 | 生産性向上を伴わない場合のインフレ圧力(セクションIVの分析)。 |
この内需拡大戦略は、本質的に高いインフレリスクを伴う高リスクの金融的賭けである。補助金による流動性の注入は、労働力供給が制限された環境(反グローバリズムによる供給制約)では、一般的にコストプッシュ型インフレを引き起こす。このインフレが、実質的な生産性向上に先行した場合、それは逆進的な課税として機能し、消費を損ない、通貨を不安定化させる。
さらに、少子高齢化による財政状況の厳しさが指摘されているように、人口が減少する経済では、伝統的な財政乗数が低下する。持続可能な内需を達成するためには、総量ではなく、一人当たりの消費と生産性の増加が異常に高くなければならない。これは、教育国債 2の生産性リターンが、負債コストだけでなく、人口動態による経済的重荷をも相殺する水準、すなわち天文学的な投資収益率を要求されることを意味する。
反グローバリズムへの政策転換は、ロドリックのトリレンマを理論上は満足させる(主権を最大化する)ものの、その経済的存続可能性は、三つの並行した、かつ極めてリスクの高い政策オペレーションの即時的かつ完璧な実行に依存する。
即時的な財政主権の主張(デジタル課税): 歳入を安定化させるため、一方的デジタル税(UDTs)の導入を断行し、それに伴う貿易報復という高い地政学的リスクを許容する(セクションIII)。
抜本的なオートメーションと代替: 移民制限によって生じた10年から20年の労働力供給ギャップを埋めるため、ICT導入を歴史的なペースを遥かに超えて加速させる(セクションII)。
高乗数効果のある債務投資: 教育国債 2が、負債コストと深刻な人口動態の重荷の両方を上回る生産性リターン(知的財産、高スキル労働力)を生み出すことを確実にする(セクションIV)。
これらの政策のうち一つでも失敗すれば、持続的なインフレ、制御不能な債務コスト、そしてユーザーが危惧する財政的な破綻が急速に現実のものとなる。
反グローバリズム経済の安定化のための政策提言は、単なる支出増ではなく、生産性主導に中心を置いた、極めて規律ある多角的戦略でなければならない。
ユーザーの「どうにかして内需を拡大させる以外選択肢はないのではないか?」という問いに対する分析的な結論は、**「戦略的な主権債務によってファイナンスされ、積極的な主権的課税によって担保された、生産性主導の内需拡大」**こそが、財政崩壊を回避しつつ反グローバリズムの目標を達成するための唯一の道である、という点で肯定的である。
これは、政府が短期的な財政の安定化(UDT)と、長期的な構造変革(教育国債)を同時に、しかも極めて速いペースで推進することを要求する。特に、教育投資 2の成果が経済全体に波及するまでの間、労働力の代替を可能にするための技術革新(オートメーション)への投資 3は、国家の最優先事項としなければならない。
「タイタニック号」の運命を回避するには、政府は即座に行動し、主権リスクと債務負担を受け入れなければならない。この債務負担は、未来の、まだ証明されていない国内人的資本の生産性によってのみ正当化される。反グローバリズムへの転換は、経済効率性を犠牲にするというロドリックの定理に従った選択であり、その代償として、国内の構造的なリバランスに失敗すれば、財政的な沈没は不可避となる。したがって、この道を選択することは、極限の規律と、予測不可能な国際的な報復(UDT)に対する覚悟を必要とする、国家的なハイリスク・ハイリターンの戦略であると評価される。
参院選の注目点③【外国人政策】:共生社会の実現と外国人労働の活用, 10月 15, 2025にアクセス、 https://www.nri.com/jp/media/column/kiuchi/20250710.html
参政党の政策カタログ一覧, 10月 15, 2025にアクセス、 https://sanseito.jp/political_measures_2025/specific_policies/
反グローバリズム再考: 国際経済秩序を揺るがす危機要因の研究 「世界経済研究会」報告書, 10月 15, 2025にアクセス、 https://www2.jiia.or.jp/pdf/research/R01_World_Economy/JIIA_world_economy_research_report_2020.pdf
令和3年版 情報通信白書|デジタル・トランスフォーメーションにおける課題 - 総務省, 10月 15, 2025にアクセス、 https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r03/html/nd112490.html
OECDのデジタル課税案と今後の動向 2020年10月08日 | 大和総研 | 吉田 智聡, 10月 15, 2025にアクセス、 https://www.dir.co.jp/report/research/law-research/tax/20201008_021819.html
提言・要望 - 日本貿易会, 10月 15, 2025にアクセス、 https://www.jftc.jp/monthly/archives/001/202010/1e17bbc9df18b42f179bb6e9be127dd5.pdf
以前開講されていた、「経験論から言語哲学へ」の勢力尚雅先生と、古田徹也先生の放送授業ですな。 (単位取った。) 時間にも余裕があるし、いったん頭を空にしたら、また哲学を勉強したくなった。 勉強したい時に、いつでも勉強できるのも、放送大学の素晴らしいところ。 春休みに、最低でも2...