2023年11月21日火曜日
ソクラテスに批評精神を学ぶ@茨城大学 レジュメより (再掲)
問い:幸福とは何か。
ソクラテスは誰でも、これは、自分で人生を「設計してゆく」という発想と結びつくことである。
したがって、<配慮するもの>をもち、配慮を重ねてそのつど考え、行動する自分の人生設計者としての「一人称特権」のようなものは、幸福を問題にするとき、なおざりにできない。
たとえあることが自分のためであっても、それを押し付けられたのでは「自分の人生」ではなくなる。
ソクラテスは、このような一人称の問題があることに反して精神や徳に気を遣えといっているのではなく、
この問題があるからそれに沿うように「気を遣うもの」を考えさせようとした、
その場合、精神的なものや徳に気を遣うことは、あなたにとって納得できる方向になるはずだ、という語りかけをしている。
☆人生を「まじめに」考えること
1.幸福の中身は「一人一人の問題」であり、他人に勧告されるには及ばない。
しかし幸福というものにまつわる「構造」や「形式」の問題は、単に「その人の問題」であるのではない。
われわれの「人生の夢」の見方は、お互いに、似ている。
構造や夢の見方を「知る」ことは、自分の「一人称」としての資格や個人の強さを上昇させてくれそうに思える。
2.問題なのは、人が「分かりやすい資格として」もしくは何らか「世間的に」上昇するということではない。
たとえば、社長になるとか出世するとか大学教員になるとか有名人になるとか金持ちになるとかではない。
実質的に自分の人生に対してよい位置を占めるようになることである。
したがって、ほんとうに行動が「自分のもの」として首尾一貫して統御されていること、
ほんとうの気持ち・実感から発想したことが
同時に知性の表現にもなっていることが目標になる。
3.ソクラテスはここで、「知性」にふさわしい課題がじつは数多くあり、
それを追求しながら生きてゆくことが幸福につながる、と語りかける。
われわれの生活は、目的・手段の関係を持つ多くの行為からできている。
お金儲けや名声・地位等のためのことは、
お金・名声・地位・容姿等で何をするかという、
「次の問い」を予想する。
ここから、人間らしい生活は、「その先」を考えるところまでいかなければ
成就しない、という結論を導くことができる。
4.この「その先」は、一人一人が考えながらでなければ、結論は得られない。
ここが、ソクラテスの「幸福にする」ことの(ある意味で)厳しい意味内容である。
かれがその先のことを本人に代わって教えるのでは、何にもならない。
これは、あくまで自分でやっていくという話なのである。
5.また、知性にふさわしい課題を追求することは、それ専用の「研究室」や「教室」のようなところで
行いうるものとは考えられていない。
実人生で問題にぶつかりながら、人生自体が形を変えてゆく。
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