ルカーチ メモその24

ここで述べられている 意識化の契機は、 カントの<啓蒙> についてのくだり を思わせる。 「啓蒙とは何か という問いに 対する答え」 のなかで、 啓蒙を定義して、 人間が 自らに責めのある <未成年状態> から 脱することだと述べていた。 その際に 啓く蒙とは、 個における 覚醒次元でというよりは、 人類史的に捉えられている。 そして これは 西欧的見地からすれば とりもなおさず、 西欧の近代化・合理化の 過程と軌を一にする。  ヴェーバーはこの合理化過程を、 また同時に 物象化 (Versachlichung) 過程とも表した。 ルカーチに即してみるならば、 目ざめた 自己意識が、 直接的で狭隘な 利害関係のなかに 捕らわれてゆく過程と なるだろう。 266~267ページ

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