2023年7月14日金曜日
漱石と「孤独」
俺:漱石の孤独の論考を読ませていただき、なるほど、と感服いたしました。
しかし、しばらく経って考えてみると、漱石は、例えば「こころ」では、(漱石自身の写し身である)「先生」の孤独を描きながらも、鎌倉の海辺での出会いにおける「私」の呑気さの描写も、リアリティーがあります。
つまり、孤独を描いているのはもちろんのことなのですが、世間一般の呑気さを描くことも出来る。
しかし、世間一般の「呑気さ」を理解しながら、「孤独」を描写する、という行為は、単に「孤独」を感じ、描写するよりも、なお一層ツライことだと思われます。
森本先生:「先生」と「私」の対比ーーいわば〈閉じる人〉と〈開く人〉とでも評すれば良いでしょうか、「私」自身が回想手記の中でこのことには気づいているようですーー、特に末尾の「呑気さ」を理解しながら「孤独」を描写する辛さ、には唸らされました。
私の気持ちとしては、「孤独」それ自体というより、「孤独」を代償とせざるを得ない「個我」意識(「上」14章の「自由と独立と己れと充ちた現代に生まれた我々は、その犠牲としてみんなこの淋しみを味わってわわなくてはならない」)の方を強調したいのですが、確かにその弊を知るが故に、「轍を踏むな」という言い方で、その生の道程を「私」へ開示するーーつまり、相対化ですね。
しかも、「呑気なー私」のポジションそれ自体は、「先生」ときっかり対峙し、向き合羽もの、というよりは、究極するところ、「先生」という存在の「受け取り手」の域を出ないわけです。
「先生」は「私」に対して、自分の生き方を相対化して乗り越えてゆくことを切望していますが、テクストは、あくまでそれを「先生」側からの「期待」として描くに止まり、「期待」が「私」へどのように反映されるか/され得るか、については案外、寡黙です。
実際、「私」の他者に対して〈開かれた〉在り方ーー小林くんのいう「呑気さ」は、まさに「世間」(的ものの見方)に対して融和的でもあり、ということは、ごく平らかに、「先生」の死後、あのホモソーシャルな世界へ帰還してゆきます。いったんは「奥さん・静」に対して「1:1ー個人 対 個人」として向き合いながら、そこに人妻の媚態を見出し、彼女を「先生・の・奥さん」へと送り返してしまう。つまり典型的な「ホモソーシャル」の成立。そして「中」で故郷と両親を回想する「私」は、故郷との永訣に個の成立を見ようとした「先生」とは対照的に、「先生」への崇敬故に「父」をないがしろにした、若い日に対する悔恨を語っています。
「明治の精神」から自由な、しかし、「明治の精神」が唯一、誇らかに歌い上げた「個我」(自由・独立・己れ)からは後退を示す、青年「私」。
漱石自身の弟子たち次世代に見ていたもの、と、どこか重なるような気がします。
まさに、漱石は、その限界と弊を知悉しながら、どこまでも「先生」なのでしょうね。
そんな「先生」を崇敬といたわりの相半ばするスタンスで回想しつつ「私」が綴る二人の交友と交情は、美しく抒情的で、私などは「下」の「遺書」ーー「先生」と「K」の息づまるような物語よりずっと愛着を感じるのですが、「私」的登場人物は、この『こころ』が最後ですね。
『道草』『明暗』ーー主人公たちは、もはや「個我」への自負もすり減った、孤独の影の濃い中年男性ですが、絶筆『明暗』で漱石が最後に挑んだのが、親友でも青年でもない、「妻」を前に〈開く〉ことは可能か、のテーマだったというのは、実に興味深い話だと、つくづく感じ入るところです。
登録:
コメントの投稿 (Atom)
妄想卒論その7 (再掲)
「ウォール街を占拠せよ」 を 合言葉に 米国で 反格差のデモが広がったのは 2011年。 怒りが新興国に伝播し、 米国では 富の集中がさらに進んだ。 米国の 所得10%の人々が得た 所得は 21年に全体の46%に達した。 40年で11ポイント高まり、 ...
-
2021年の大河ドラマは、渋沢栄一を扱っていたが、蚕を飼って桑の葉を食べさせているシーンがあったが、蚕を飼うということは、最終的に絹を作って、輸出するということだから、既に世界的な市場と繋がっていて、本を辿れば、あの時代に既に農家も貨幣経済に部分的に組み入れられていたということ。...
-
もし、日銀が目的としている2%の物価上昇が実現した場合、国債の発行金利が2%以上になるか、利回りが最低でも2%以上になるまで市場価格が下がります。なぜなら、実質金利 (名目利子率-期待インフレ率) がマイナスの (つまり保有していると損をする) 金融商品を買う投資家はいな...
0 件のコメント:
コメントを投稿