○国会に対して連帯して責任を負ってるのは、内閣であって、総理大臣ではない。 ⇒憲法66条3項「内閣は、行政権の行使について、国会に対して責任を負う。」から、正当な主張です。国会との関係における原則です。 ○したがって、安倍首相の辞任に伴って、内閣が総辞職して、国会であらためて首相を選ぶ選挙が行われた。 ⇒国会法64条で内閣総理大臣は、辞表を提出することができます。辞表を提出すれば、内閣総理大臣が欠けたことになります。 ⇒憲法70条で「内閣総理大臣が欠けたときは、……内閣は総辞職しなければならない。」に該当する。 ⇒そこで、次期内閣総理大臣は、憲法67条で、「内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する。」 >>>>今回も、憲法の規定通りに行われています。衆議院の解散については、政治課題となっても、別の問題です。 ○もし解散権が首相の専権事項だというなら、当然国会に対して連帯責任を負っているのは首相であって、首相が辞めた以上、衆議院を解散しなければならない。 ⇒憲法69条の「衆議院が解散されない限り」の規定、と、憲法7条第3号「天皇は、内閣が助言と承認により、……これを行う。」の規定から、衆議院の解散権の主体は、形式的には「天皇」であり、その国事行為の関して授業でお話ししたとおり議論はありますが、実質的には内閣と解釈されています。内閣総理大臣は内閣の首長ですから、実質的には内閣総理大臣が解散を決定します。 ⇒新内閣総理大臣は、解散権を現在行使しないと発言されています。首相が交代したが、衆議院の解散は必ず行わなければならないとは言えません。もちろん、授業で説明したように、解散権行使は、自由ではないという考え方もあります。憲法解釈的には傾聴すべき見解ですが、そのように解釈すべきとの制度的な保障システムはありません。 ○そうでない、つまり国会に対して連帯して責任を負っているのは内閣だというなら、政界の常識となっている解散権は首相の専権事項という考え方は、憲法違反ということになる。 ⇒内閣の中に、解散に反対する人がいれば、内閣総理大臣は、憲法68条2項によって、罷免することができます。そして、賛成の残った国務大臣が内閣として内閣総理大臣の決定に従うという構図です。 ⇒憲法66条3項の「内閣の連帯責任」は、内閣一体の原則の表れです。行政権が一体ではなく、国務大臣ごとにバラバラに行政を運営すれば、現実問題が山積することになります。そこで、同条1項に規定されているように、「首長」たる内閣総理大臣の権限が存在します。とりわけ国務大臣の任命・罷免権を背景として、閣議を主宰しているのは、内閣総理大臣です。 ⇒したがって、ご意見のように「憲法違反」とは言えないというのが、多数の解釈です。 以上、ご説明させていただきました。
日笠完治先生より
1. 序論:『それから』に映し出される明治期の近代化 本稿は、夏目漱石の小説『それから』を題材に、日本の近代化がもたらした状況と、それが個人の経験に与えた影響について考察するものである。特に、経済的豊かさが生み出す「自家特有の世界」への耽溺と、それが最終的に経済の論理に絡め取られていく過程、そしてテオドール・W・アドルノが指摘する、社会の合理化と精神世界における非合理への慰めを求める人々の傾向を、作品を通して分析する。 日本の明治時代(1868-1912年)は、長きにわたる鎖国状態を経て、1853年の黒船来航を契機に世界と対峙し、驚くべき速度で西洋の制度や文化を取り入れ、「近代国家」への道を歩んだ画期的な時代である 。この時期には、鉄道、郵便局、小学校、電気、博物館、図書館、銀行、病院、ホテルといった現代の基盤となるインフラや制度が次々と整備された 。政府は「富国強兵」や「殖産興業」といった政策を推進し、工場、兵舎、鉄道駅舎などの建設を奨励した。また、廃藩置県や憲法制定といった統治制度の変更に伴い、官庁舎や裁判所、監獄などが建設され、教育制度の導入は学校や博物館の整備を促した 。 西洋化の影響は日常生活にも深く浸透した。住宅様式においては、外国人居留地を起点に西洋館が普及し、やがて庶民の住宅にも椅子式の生活スタイルが段階的に浸透した 。食文化においても、仏教の影響で長らく禁じられていた肉食が解禁され、西洋列強との競争意識から日本人の体格向上と体力増強が期待された 。洋食は都市部の富裕層を中心に広まり、カレーライスやオムライス、ハヤシライスといった日本独自の洋食が定着した 。大正ロマン期(1912-1926年)には、西洋文化と日本独自の文化が融合し、「モガ」や「モボ」と呼ばれる若者たちが洋装に身を包み、カフェで音楽や映画を楽しむ「自由でおしゃれな空気」が醸成された 。経済面では、明治後期から軽工業が発展し、日露戦争前後には鉄鋼や船舶などの重工業が急速に発展し、日本の近代化を加速させた 。第一次世界大戦期には工業生産が飛躍的に増大し、輸出が輸入を上回る好景気を享受した 。 『それから』(1909年発表)は、夏目漱石の「前期三部作」の二作目にあたり、急速な近代化が進む日本を背景に、個人の欲望と社会規範の...
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