2022年7月2日土曜日

カノジョ論

女性と付き合ったことがない俺が言えた義理じゃないんだが、 いわゆるカノジョという存在について、 不思議に思うことがある。 仮に、ある男Aがある女Bと付き合ったとする。 毎日は会えないにしても、数日に一度は会うだろう。 メールやら電話やらは日にしょっちゅうやるだろう。 ところで、彼らは、散々コミュニケーションを取ったあとで、分かりあえたと思った結果、 付き合い始めたのだろうか? それとも、付き合ってから、散々コミュニケーションを取ったあとで、分かり合うのだろうか? もし後者ならば、付き合ってみても、既に分かり合ってるわけではないだろうから、 コミュニケーションを取るのは結構な勇気が要るだろうし、従って、ある程度は面倒くさいはずだ。 それが、付き合っているからには何でも話し合える、というのは、幻想なのではないか? もし、そういう幻想を抱えたまま、頻繁にコミュニケーションを取り合っているとしたら、 それは、カレシ、カノジョ、という社会的ロールプレイングを演じているだけなのではないか? そういうイメージは、連ドラとか漫画とかで、マスコミや文化産業によって作られたイメージを演じているだけなのではないだろうか? そうでなかったら、よく知り合ってもいない女としょっちゅう連絡を取り合うなど、俺にとっては面倒臭いだけだ。 ほら、もうこの男めんどくさい、意味わかんない、ってなってる。

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