ケインズが、自身の理論の論拠としたのは、賃金の下方硬直性、つまり、賃金は、どんなに景気が悪くなっても、ある一定程度で下げ止まる、ということだった。
逆に言えば、賃金が下げ止まるラインがあるからこそ、特に財政政策の有効性があると言えるのではないだろうか?
日本になぞらえて考えれば、雇用の流動化が進んで、いわゆる非正規と呼ばれる働き方が増えた。
もちろん、非正規という働き方自体が悪いわけでもないし、雇用の流動化というアイデア自体は良い側面もあると思う。
しかし、結局は体の良い雇用の調整弁に使われている。
アメリカみたいに、コロナで失業者が大量に発生しても、かえって労働生産性が向上するような社会なら、そういう考え方もアリだろう。
しかし、現実問題として、日本では労働生産性がちっとも上がってない。
これはファクトだ。
話をケインズに戻すと、ケインズが、自分の政策の有効性の根拠としたのが、賃金の下方硬直性、そして、その背後にあるのが雇用の安定性と考えると、これだけ非正規労働が増え、実質賃金がどんどん減っている、これもファクト、こういう状況で、果たしてケインズ的政策の有効性は確かなのか?
ウーバーイーツの配達員とか、あれでどうやって一生食ってくというのか?
あれも、いや、彼らは個人事業主だから自己責任で、で済まされている。
乗数効果の面から言えば、いくら一時的に可処分所得が増えたところで、雇用の安定性が確保されていないのに、高い乗数効果、つまり政府がいくらバラまいたところで、消費に繋がらないだろう。
インタゲっていう、最先端のアメリカ流経済政策をやってみて、最初だけ景気は良くなったが、結局は失速した。
気づけば、旧態依然とした自民党的バラマキ政策を、外見だけ変えて同じことをやってるだけ。
経済政策というのは、各々の国の実態に即したやり方で考えるべきではないのか?
アメリカ社会で通用することが、日本社会でそのまま通用するとは限らない。
特に労働政策においてはそうだ。
労働に対する価値観自体が違うという側面もある。
労働経済学はまだ理論的に洗練されていない。
実態にそぐわない理論が先走るのは、かえって副作用が大きい。
1. 序論:『それから』に映し出される明治期の近代化 本稿は、夏目漱石の小説『それから』を題材に、日本の近代化がもたらした状況と、それが個人の経験に与えた影響について考察するものである。特に、経済的豊かさが生み出す「自家特有の世界」への耽溺と、それが最終的に経済の論理に絡め取られていく過程、そしてテオドール・W・アドルノが指摘する、社会の合理化と精神世界における非合理への慰めを求める人々の傾向を、作品を通して分析する。 日本の明治時代(1868-1912年)は、長きにわたる鎖国状態を経て、1853年の黒船来航を契機に世界と対峙し、驚くべき速度で西洋の制度や文化を取り入れ、「近代国家」への道を歩んだ画期的な時代である 。この時期には、鉄道、郵便局、小学校、電気、博物館、図書館、銀行、病院、ホテルといった現代の基盤となるインフラや制度が次々と整備された 。政府は「富国強兵」や「殖産興業」といった政策を推進し、工場、兵舎、鉄道駅舎などの建設を奨励した。また、廃藩置県や憲法制定といった統治制度の変更に伴い、官庁舎や裁判所、監獄などが建設され、教育制度の導入は学校や博物館の整備を促した 。 西洋化の影響は日常生活にも深く浸透した。住宅様式においては、外国人居留地を起点に西洋館が普及し、やがて庶民の住宅にも椅子式の生活スタイルが段階的に浸透した 。食文化においても、仏教の影響で長らく禁じられていた肉食が解禁され、西洋列強との競争意識から日本人の体格向上と体力増強が期待された 。洋食は都市部の富裕層を中心に広まり、カレーライスやオムライス、ハヤシライスといった日本独自の洋食が定着した 。大正ロマン期(1912-1926年)には、西洋文化と日本独自の文化が融合し、「モガ」や「モボ」と呼ばれる若者たちが洋装に身を包み、カフェで音楽や映画を楽しむ「自由でおしゃれな空気」が醸成された 。経済面では、明治後期から軽工業が発展し、日露戦争前後には鉄鋼や船舶などの重工業が急速に発展し、日本の近代化を加速させた 。第一次世界大戦期には工業生産が飛躍的に増大し、輸出が輸入を上回る好景気を享受した 。 『それから』(1909年発表)は、夏目漱石の「前期三部作」の二作目にあたり、急速な近代化が進む日本を背景に、個人の欲望と社会規範の...
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