2022年3月6日日曜日
森本先生より
頂戴したお便りは、一連の展開の中で、小林君自身で見事に自問しては解決されていて、私が言を費やすべくもなさそうなので、
いつものことながら、啓発を頂戴し、ふと考えたことなどを、御礼がてら記してご返信とさせて頂きますね。
いちばん鮮明に頭に残っているのは、『それから』と『行人』の通底性、で、ぼんやり私自身の頭にあったものが俄然、鮮やかに像を
結んだ感じで、ご示唆をいっぱい頂戴しました。石原氏も大いに自覚的なようで、代助と一郎の孤立、孤独を、己の行為はすべて自ずからな
己の意思に発したものであるべき――確か石原氏は著名な論考「反-家族小説としての『それから』」(『漱石と日本の近代』の「それから」論は
この論が下敷きです)では存在すべくもない「純粋な自己」の探求と呼んでいる――といった近代理性の徹底と行き詰まりに見ているようです。
そして、この疎外状況に在って、なおかつ主客合一、あるいは自然回帰の方向へは進まないスタンスがアドルノの歩みと自ずから軌を一にしている、といったようなことを――『それから』の百合の場面はその究極――、しばしば小林君とはやり取りして来たように思います。
ただ、あえてこの2作を比較してみるなら、『それから』は純粋な自己への無謀な賭け(∴ラストは自己破綻です)、『行人』ではそれが断念
されている――つまり始発点と終局点、といった布置が自ずと頭に浮かんでくるような気がします。おそらく、この『行人』における孤独な自己の在り方、というか、そのように一郎を読むスタンスが、石原論が一郎孤独論そのものを徹底追及はしない風情を感じさせる一因かもしれません。石原氏は、一郎は実は親族ネットワークから孤独に疎外されている、のではなく、そのような自己像を自ら創り上げることによって、初めて逆説的にアイデンティティを獲得している、といったようなことも述べているでしょう。その果てに、次作の『こころ』では「先生」はその淋しい自己を「明治の精神」なる空疎な記号に埋めるようにして亡くなってゆくことになります。
今回、小林君が改めて示唆してくれたドゥルーズの「アンチ・オイディプス」の話は、まだまだ勉強しなければならない私の課題の1つ、なのですが、今回、石原先生のお名前が何度か出て来ていたせいか、唐突に、氏の漱石関係の論壇デビュー作にも当たる『こころ』論が「『こころ』のオイディプス」で「先生―私」関係を問い直すものだったことを思い出しました。なるほど、「父―子」的な関係性が挿話に入り込んでくる漱石の後期作品にはきわめて有効な視点であることを痛感した次第です。いつものことながら、誠に有り難う。
なお、内田氏の大著については先日、図書館へ出向いた折に瞥見のみさせてもらったのですが、ついつい明治あたりが面白く、小林君の言う「恋愛という虚構で結ばれた「家族」の時代」あたりの現代関係は記憶に残っておらず…。ですので、きわめていい加減な話にて失礼の限りですが、私などの感触では、幻想としての恋愛とそれから成る家族像はむしろ戦後日本の専売特許で、その終幕に当る高度経済成長とともに終焉を見るもののように思えます。「戦後民主主義」の潮流の中で強烈なロマンチックラブ幻想が理想としてもてはやされ、「恋愛結婚イデオロギー」が隆盛を見、その結実が高度経済成長期の「企業戦士―専業主婦」から成るカップルとマイホーム主義。文芸史的には三浦哲郎さんの「忍ぶ川」(昭和35)あたりが1つのクライマックスで、最後が村上春樹の『ノルウェイの森』(昭和62)――実は純愛小説の意匠のもとに『ノルウェイ』作品の内実は既に上記の幻想が壊れたところから構築されているのではとさえ思えるのですが。その後から21世紀へかけては「脳内恋愛」(コンテンツ内の二次元世界の恋愛)――東浩紀のデータベース的消費の快楽が若者文化の主流へ押し上げられてくるのではと思われます。東の言う「動物的ポストモダン」の時代には、恋愛どころか他者や他者との関係性そのものがもはや喪失されている、というわけです。恋愛・恋愛結婚・夫婦家族の戦後の推移を、ざっとこんな感じで把握していますが、メールの文脈を取り違えていたらごめんなさいね。内田氏の著書は、またきちんと手に取り直してみたいと思っています。
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