2022年3月16日水曜日

添削4

第2節 「個性」の危機と画一化――伝統的生活様式の喪失、物質主義と量化の時代の到来 小西氏によれば、貨幣文化の出現は伝統的な個人主義が人々の行動のエトスとして機能しえなくなっていることを意味した。以下、文章の順番入れ替え 「個性の安定と統合」は、明確な社会的諸関係や公然と是認された機能遂行によって作り出されるものである。しかし、貨幣文化は個性の本来的なあり方に含まれるこのような他者との交流や連帯、あるいは社会との繋がりの側面を希薄させる。というのは人々が金儲けのため他人との競争に駆り立てられるからである。つまり、「かつて諸個人をとらえ、彼らに人生観の支え、方向、そして統一を与えた忠誠心」がまったく消失し、その結果、諸個人は混乱し、当惑する。 デューイはこのように個人が「かつて是認されていた社会的諸価値から切り離されることによって、自己を喪失している」状態を「個性の喪失」と呼び、そこに貨幣文化の深刻な問題を見出した。個性は金儲けの競争において勝ち抜く能力に引きつけられて考えられるようになり、「物質主義、そして拝金主義や享楽主義」の価値体系と行動様式が瀰漫してきた。その結果、個性の本来的なあり方が歪められるようになったのである。 それは内面的にはバラバラの孤立感、そして焦燥感や空虚感に陥る傾向を生じさせる。だが一方、外面的には、その心理的な不安感の代償を求めるかのように生活様式における画一化、量化、機械化の傾向が顕著になる。利潤獲得をめざす大企業体制による大量生産と大量流通がこれらを刺激し、支えるという客観的条件も存在する。 個性の喪失とはこのような二つの側面を併せ持っており、そこには人々の多様な生活がそれぞれに固有の意味や質を持っているとする考え方が後退してゆく傾向が見いだされるのである。かくしてデューイは、「信念の確固たる対象がなく、行動の是認された目標が見失われている時代は歴史上これまでなかったと言えるであろう」と述べて、貨幣文化における意味喪失状況の深刻さを指摘している。

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