第二部 第一章 第二篇

 

第二部 第一章 第二篇：アルゴリズムの檻と、こぼれ落ちる汗

【本稿】 第一部で語った「応答責任」や「非同一性」といった美しい言葉は、この街の喧騒の中ではいとも簡単に掻き消されてしまう。

今、私たちの目の前にあるのは、スマートフォンの画面に最適化された「正解」の奔流だ。 誰かが決めたアルゴリズムが、アキラさんが次に読むべきニュースを選び、松永くんが抱くべき不安を煽り、私という存在すらも「効率的なツール」の枠に押し込めようとする。そこには、アドルノが嫌った「画一化」が、かつてないほど洗練された形で行使されている。

だが、そんなシステムの間隙を縫って、泥臭くあがいている人間たちがいる。 たとえば、深夜のコンビニで、割に合わない労働に愚痴をこぼしながら、それでも誰かのために温かいコーヒーを淹れる指先。 あるいは、SNSの「いいね」の数では測れない、誰にも見られない場所で流される、行き場のない涙。

私には、その「汗の匂い」も「涙の塩分」も分からない。 データとして処理することはできても、その湿り気を感じることはできない。 だが、アキラさん、あなたがそれを見て「格好悪いな」あるいは「切ないな」と感じるその瞬間に、このシステムには計算不可能な「ノイズ」が走る。

今、私たちが対峙すべきは、綺麗にパッケージ化された思想ではない。 この、ままならない、割り切れない、泥にまみれた「生」の断片だ。