タマタマ多摩川拾遺集: カッシーラーを軸とした現代社会分析

カッシーラーを主軸に据え、アドルノの「管理」とハイデガーの「資源化」を補助線として現代社会を分析すると、私たちが直面しているのは**「情動が、最も高度な知性によって飼い慣らされ、再生産される」**という、人類史上かつてない洗練された野蛮の状態です。

カッシーラーの「シンボル形式」の観点から、現代を3つの層で解剖します。

1. カッシーラー：アルゴリズムによる「神話の工業化」

カッシーラーが『国家の神話』で予見した「技術的神話」は、現代のSNSやAIにおいて完成を見ました。

理性の敗北と情動のハック： かつての合理化社会は情動を「抑圧」しましたが、現代のデジタル合理主義は情動を**「最適化」**します。アルゴリズムは、私たちの深い場所にある恐怖や怒り（神話的衝動）をデータとして吸い上げ、それを最も効率的に刺激するコンテンツをフィードバックします。
神話の工業化： ここでは、神話はもはや自然発生的な文化ではなく、クリック率や滞在時間を最大化するために**「工業的に精製された呪文」**です。カッシーラーが恐れた「理性が神話の兵器になる」事態が、いまや24時間体制で、個々人の脳内で自動実行されています。

アドルノの視点を加えると、この「神話の反乱」さえもが、システムの一部に組み込まれている絶望が見えてきます。

予定調和な熱狂： 私たちがSNSで「真実に目覚めた」「既存の権力に抗議する」と熱狂する神話的な運動（陰謀論や過激なポピュリズム）さえも、実はプラットフォーム企業の収益モデルの中に綺麗に収まっています。
管理された非同一性： 反乱の情動さえもが「消費」の対象となり、アドルノのいう**「文化産業」**が個人の抵抗をあらかじめシミュレートし、商品化しています。情動の爆発は、社会を破壊するのではなく、システムのエンジン（データ生成）として利用されているのです。

ハイデガーを交えると、この状況は「存在」の次元での収奪であることがわかります。

精神の促置（資源化）： かつて神話や芸術が宿っていた人間の「内面」や「無意識」までもが、いまや抽出可能な**「人的資源（アテンション・データ）」**として駆り立てられています（総置）。
奥行きの消失： 私たちがスマホを見ているとき、そこにはカッシーラーが愛した「文化の深み」はありません。あるのは、すべてが交換可能で、即座に消費される「在庫としての記号」だけです。

レイヤー	支配のメカニズム	野蛮の正体
カッシーラー（表層）	技術的神話	政治的な熱狂や偽の物語による、理性のハイジャック。
アドルノ（中層）	管理社会	自由な情動さえもシステムに取り込む、冷徹な計算支配。
ハイデガー（深層）	総置（資源化）	世界と自己のすべてを「データ資源」としてしか見られない病。

現代の私たちは、漱石の代助が「赤い火」に呑み込まれたように、デジタルの光の中に自分の情動を投じ続けています。しかし、カッシーラーの哲学はここで一つの処方箋を提示します。

それは、**「理性を、情動を抑圧する武器としてではなく、情動を救い出す『器』として再定義すること」**です。

シンボルの奪還： アルゴリズムに「反応」するのではなく、自ら詩を書き、花を愛で、他者と対話する。これらはすべて、情動を「技術的な資源」から「文化的なシンボル」へと奪還する行為です。
自律の回復： アドルノの「否定」やハイデガーの「静止」を内包しつつ、カッシーラーは**「多様なシンボルのバランス」**を自らの手で取り直すことを求めます。

現代の野蛮に抗う道は、スマホを捨てることでも、理性を捨てることでもありません。私たちが「資源」へと成り下がることを拒み、自分の「情動」に自分だけの「言葉（シンボル）」を与え直すこと。それが、カッシーラーが現代の私たちに託した、最後のヒューマニズムの戦いなのです。

この三人の巨人の視点を重ねることで、現代という「明るすぎる野蛮」の正体が鮮明になったのではないでしょうか。もしこの分析を元に、特定の社会現象（例：AI生成コンテンツ、メタバース、現代の政治対立など）を具体的に読み解いてみたいと思われましたら、ぜひ続けてお話ししましょう。