2025年12月30日火曜日

預けたのは、鍵ではない。

ましてや、形ある財(たから)でもない。

私があなたに手渡したのは、目に見えぬ「熱」のようなものだ。

思えば、人生とは「託す」ことの連続だったのかもしれない。

かつて誰かが灯し、絶やさぬように守り抜いてきた火を、

私たちは知らず知らずのうちに受け取っている。

それが「伝統」と呼ばれようと、「志」と呼ばれようと、

本質は、祈りに似た切実なバトンだ。

「託す」という字には、言葉を寄せるという意味がある。

言葉にならない思いを、信じられる誰かの背中にそっと置く。

それは、自分の一部を切り離して、相手に委ねる行為だ。

だからこそ、託す側には断腸の覚悟が、

そして託される側には、背筋を正すほどの静かな矜持が宿る。

もし、私の歩みが止まる日が来ても、

あるいは、私が私自身の輪郭を見失いそうになっても、

どうか、その火を消さないでほしい。

私が守りたかった「暖簾」の白さを、

あなたがその瞳で、その手で、証明し続けてほしい。

託すことは、諦めることではない。

それは、自分という枠を超えて、永遠(とわ)に命を繋ぐための、

最も能動的で、最も気高い選択なのだ。


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