英語で発信する日本文化(’26)

 


好きですね―。

英語勉強するの。

この放送授業、新規開講科目ということもあり、科目登録はせずに、印刷教材(テキスト。市販されている。)だけ購入して、いままたインターネットで放送大学生に公開されている放送授業を視聴しましたが、やはり、斎藤兆史先生、ちょっとしたところで、とても気の利いた表現を繰り出されます。

改革派の英語指導者たちからは、おそらく諸悪の根源のように扱われている斎藤兆史先生ですが、英語学習を愛するものからすれば、とても貴重な存在であられます。

この授業の位置づけ自体が、中級レベルということもあり、長年英語を勉強してきた身としては、一見簡単に見えますが、サラッと、ああ、こういう表現があったか、と、先達の奥の深さに、感銘を覚えます。

テキストには訳語もなく、サラッと読んだだけでは、つい見逃してしまうような表現も、ちゃんと放送授業を視聴すると、ああ、いい表現だな、という語彙や言い回しが、随所に散りばめられており、やはり、英語はやればやるほど面白い、と感慨深いです。

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