うつ日記

 こんなにウツなのは、久しぶりだ。

人生で2番目くらいにウツだ。

高校生の時にどん底を味わったが、あれに比べれば、大したことはないが。

なぜなら、もう二度とあんな思いをしないように、何重にも予防線を張って生きてきたのだから。

さて、ウツな時は、なるべく人との接触を避けたい。

それは、俺のアタマがあまり回らないせいで、相手に不愉快な思いをさせてしまうと、結局自分に跳ね返ってきて、ツラいからだ。

断っておくが、いまほとんどアタマがまわっていない。

アリピプラゾールも飲んだし。

アリピプラゾールはいい薬だ。

アタマの感度を、適度に下げてくれる。

思念というのは、ジッとしていても、脳内を廻る。

それは、あたかもキリがなく降ってくる宇宙線に、脳神経が勝手に反応しているようなものだ。

それにイチイチ反応していると、それだけで疲弊してしまう。

それくらい、「何も考えない」というのは、難しいことだ。

ウツなときほど、そのことが身に沁みる。

考えたくないときほど、考えてしまう。

考えることに、敏感になってしまう。

アリピプラゾールは、その感度を、心地よく下げてくれる。

こういう精神状態の時は、なるべく雑な情報から、自分自身を避難させなくてはならない。

インターネットで余計なことを検索したり、予想もせずにノイズが飛んでくるテレビなど、もってのほかだ。

案外、自分のブログを読んでいるのが一番気休めになるくらいだ。

それは、30年くらい前にウツのどん底を味わったときに得た教訓を、いま活かしているようなものだ。

自分自身で緻密に編み上げた論理のタペストリーを、なぞるように眺めること。

アタマが正常にまわっていた時の自分自身の思考回路の蓄積を、舐めるように辿ることで、ノイズを発している脳に、そう、お前は物事をこんな風に考える人間なのだ、と、自分自身に教えてくれる。

ある意味最強の灯火だ。

自分が長年ブログを書き溜めてきたのは、そのためだったとさえ言えるかも知れない。

ちょっとBGMが欲しいな、と思って、ずっと聴いていなかったけど、キャロル・キングを流している。

いいな。

こんなとき。

割とテンション高めなのに、雑な感じがぜんぜんしない。

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