西園寺公望 ―最後の元老― (再掲)
「最後の元老」と呼ばれた、西園寺公望の別邸である、坐漁荘@興津(静岡市清水区)に行って来ました。
西園寺公望の名は、あまり広くは知られていないと思われますが、超一級の重要人物です。
それが、なぜあまり知られていないか、というと、とことん秘密政治を貫いたから、だと思われます。
どういうことか、というと、まさにこの坐漁荘が、当時の政財界の重要人物たちが、足繁く通った極めて政治性の高い政治空間であり、また、その特異な建築構造が、いかに秘密政治の場であったか、ということを物語っています。
西園寺公望が客人をもてなす間に接する廊下は、「鶯張りの廊下」と呼ばれ、あえて少しの重みでも、軋む音が出るように設計されていました。
私と母親も、実際に(と言っても建物全体がほぼすべて復元ですが)歩かせてもらいましたが、壊れるんじゃないか、と心配になるくらい、軋みました。
(自分も体重ハンパないし、母親も結構重いので、なおさら。)
なぜか、というと、少しでも軋む音が聴こえたら、そこで西園寺と客人は、話すのを止める、ということだったようです。
(案内係のお爺さんによると。でもこの方も実は凄い人です。目力ハンパないです。)
それくらい、高度な政治空間の場だった、ということです。
さらに、西園寺公望の名前が、その重要性に比して知られていない重大な理由があります。
西園寺は、なんと、坐漁荘での自分が残した記録を、自身の亡きあとすべて焼却処分するように、厳命したとのことで、少数の掛け軸など以外は、実際にすべて焼却処分されてしまったそうです。
すげえもったいねえ!!!!!!!
もしそんなことをしなければ、超絶第一級の歴史資料として、原敬のハラケイ日記に比肩する、あるいはそれを凌ぐ、極めて重要な歴史資料だったことは、疑う余地がありません。
また、西園寺公望の名も、今よりも、遥か遥かに、現代の日本人にも、広く深く浸透していたであろうことも、また疑う余地のないものです。
いやあ、貴重なものを見せてもらいました。
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