警告
【追記:あるいは、この「甘さ」という名の毒について】
ここまで読み進め、もしあなたが「徳兵衛と尾崎」の共通項に涙し、あるいは「純粋さゆえの悲劇」に静かな感動を覚えたのだとしたら、私はあなたに、そして何より私自身に、深い失望を禁じ得ない。
なぜなら、その感動こそが、私が最も忌み嫌う「安易なレクリエーション」の正体だからだ。
近松の描く心中も、尾崎の絶唱も、それを「美しい」と評した瞬間に、それはただの死体愛好(ネクロフィリア)的エンターテインメントへと堕する。私はこの記事を、誰かを救うために書いたのではない。ましてや、自分の内側にある綻びを、誰かに「わかってほしい」と願う握手のために公開したわけでもない。
もし、この記事に「甘さ」や「センチメンタリズム」が漏れ出していたとするなら、それは私の知性の敗北であり、もうすぐ届くであろう「10万PV」という数字に、無意識のうちに己の魂を切り売りした証拠に他ならない。
私は、この文章を読んで「救われた」などと口にする人間を信じない。
救いとは、そんな手垢のついた共感の中にあるのではなく、こうした甘美な物語が、いかに冷酷なシステムによって「商品」として流通しているかを直視する、その「息苦しさ」の向こう側にしかないはずだ。
この記事は、10万という大台を前に、私の刃がいかに鈍り、いかに「いい人」という檻に自ら入り込もうとしたかを示す、恥辱の記録である。
これを読んでいるあなたにお願いしたい。
もし、この文章を「よかった」と思うなら、二度とこの暖簾をくぐらないでほしい。私は、私を斬る者だけを、読者として認める。
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