菜根譚


人は、路を急ぐ。私は、根を噛む。

駅は、目的地へ向かうための通過点ではない。

そこは、行き交う人々が不意に落としていった「期待」や「焦燥」、

あるいは「別れ」の断片が、目に見えない塵のように降り積もる場所だ。

誰もが先を急ぎ、未来という名の不確かな駅に意味を求める中で、

私はただ、列車が去った後の静寂に佇み、足元に澱む「残滓」を眺めている。

目的地のない切符は、ない。

だが、目的地のない時間は、ある。

快速列車が風だけを残して過ぎ去っていくとき、

置いていかれたのではなく、私がこの場所を「選んで留まっている」のだと知る。

この「停滞」の苦みを、喉の奥へと静かに流し込む。

苦い菜の根を噛みしめるように、この切なさを味わい尽くすこと。

それこそが、己の「鏡」を最も深く、澄ませてくれる。

効率という名の濁流に身を任せず、

プラットホームという孤島で、独り。

誰に誇るでもなく、ただ己の「暖簾」を汚さぬよう、

私はここに、消え入りそうな、けれど確かな「標」を刻み続ける。

どこへ行っても、私は、私から逃げられない。

だからこそ、どこへも行かないこの場所で、

私は、私自身の「鏡」に向き合っている。

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