「ロジャー・アクロイドはなぜ殺される?―言語と運命の社会学」 内田隆三 岩波書店 p.485 (再掲)

 

 読者が物語のなかに入り込み、物語のなかの人物が読者に暗号を送る。物語とはおよそこんなものなのかもしれない。実際、物語言説はしばしばこういう世界へのひらかれ方をしているように思える。語り手は容易に物語のなかに入り込み、またそこから抜け出すなどして、じつは読者が属する現実もまた寓話の奥行きをもったゲームであることが暗示される。物語の経験とは、このような暗示の光に一瞬であれ、自分の生が照らし出されることをいうのかもしれない。だがいまは、多くの人々がこうした奥行きのない現実を生きているかのようであり、またその痩せた現実の裸形を精確に復元することがリアリズムであるかのように思われがちである。 しかしリアリズムの愉しみのひとつは、精確な作業のはてに、現実を現実にしている、触れると消える<影>のような次元に接近することではないだろうか。

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