ウツ体質?
どうやら、自分はほとんど生得的にウツ体質のようだ。
今みたいに、ウツになる要素が何もなくて、夜が明けたら、今年はじめて酒でも買いに行こうかな、と思っていたのが、ふと、さざなみ程度のウツ衝動に襲われて、そんな気分は失せてしまった。
こんなわけで、自分が酒を飲んだとしても、酔えるような気分の時は、1年を通してせいぜい数回程度しかない。
ただ、まあそんなに心配していただく必要はございません。
耐性が出来ているので。
(高校時代はこれでかなり苦しんだが。)
なんというか、特段キッカケもなく、ふと神経が絞り上げられるのだ。
自分のやってることが無意味に思えたり、こういう衝動に襲われていないときには感じないような、孤独感に苛まれたり。
まあ、だいたい決まった衝動である。
しかし、自分は思う時がある。
ウツ衝動というのは、人間を鍛え上げる要素もあるのだ、と。
自分はもうこれでいいや、と満ち足りてしまえば、努力もしなくなるし、怠けてしまう。
突然わけもわからず自分のやっていることが無意味に感じられるからこそ、まだ頑張らなければ、という気にもなるし、なにより傲りから免れることが出来る。
もちろん、ネガティブな側面があることは知っているし、それで人生を棒に振る場合があることも、知っている。
時として、ウツはとても残酷だ。
とても。
ウツ衝動に襲われる時、それなりに「孤独感」に苛まれる。
そんな時に、酒など呑んでも、酔えるはずがない。
そんな衝動が予告もなく訪れるのだから、自分がすすんで酒を飲むことなど、ほとんどない。
しかし、そういう孤独感に襲われるからこそ、友人関係は大事にするものだ、と強く思っている。
また、繰り返すが、ウツ衝動に襲われるからこそ、「甘え」から免れることも出来る。
「もうこれでいいや。」という気分に、いつまでも浸っていられない。
そんなわけで、自分は酒が呑めない。
ふと予告もなく襲ってくるウツ衝動で、メンタルがギリギリと絞り上げられるのだ。
しかし、思うのだが、そういうツラさが一切なく、なんの不足もなく暮らしていたら、今のような生活を享受するのは、手厚い社会保障の上に胡座をかいた、ただの特権階級ではないだろうか?
やっぱりそれなりに免れがたいシンドさに、ほとんど生得的に苛まれているぐらいでなければ、このご時世、行政から手厚いサポートを享ける資格などないだろう。
なにより、自分がやっていることが無意味に感じられるような感覚に襲われるからこそ、もっと頑張って、一分の隙もないくらいの理屈を構築しよう、という気にもなるのだ。
それがなければ、ただの「おままごと」だ。
こういう文章を書いている真っ最中でも、孤独感に苛まれている。
誰かに宛てて書いているわけではない。
ただ、人間は時として「一者」であることの記録を、残しておきたいのだ。
他の誰かが歩むかも知れない同じような人生の「目印」として。
あるいは、自分がミノタウロスの住む宮殿から逃れる時に役立つ、道標として。
その道標を記録として、少なくとも自分の思考回路に留めておくことで、迷宮から抜け出すことが出来る。
これは、ある種のコツでもある。
ウツで人生を台無しにしないための。
自分は、下手に社会的立場など手に入れないほうが、自分自身のためだと思っている。
そんなものを間違ってもらってしまったら、それが自分を覆う堅い殻になってしまう。
それはそれで、単純にツラいことなんだろう、と思っている。
無位無官だからこその気楽さがある。
酒に酔えることは滅多にないが、今日も一日怠けずに過ごそう、という気になる。
つまり、自分の人生には、逃れがたくちょっとはシビアな側面があるのだ。
そうして、そうした時に「孤独感」に苛まれることも、対人関係をクリーンにしておきたい、という切実な問題へと、否が応でも突き合わされるのだ。
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