人生最高のレストランー地獄の二十年ー
母親が毎週土曜日にTBSの「人生最高のレストラン」という番組を観る。
母親は、自分ではもう料理はしないし、たぶんもともと調理そのものにあまり興味がないんじゃないか、と思うほどなのだが、とにかくメシに関するテレビ番組は、必ず観る。
(なにしろ、学区制導入以前の都立日比谷から女子栄養大学に行ったくらいだから。)
その「人生最高のレストラン」というのが、加藤浩次がMCで、YOUとか島崎和歌子とかがレギュラーで、毎回ゲストを招待して、人生の節目節目のエピソードを交えながら、どこそこの料理が美味しかった、などと語る。
(必ずしもレストランとは限らない。ボクシングの井上尚弥の時は、日清のカップヌードルだった。)
そこで、ふと自分(がその番組に出演することは永遠にないが)がこういう番組みたいに、どんなレストランでどんな料理が美味かったとか、エピソードを交えて喋る、というシチュエーションを想像してみた。
まず、思い浮かんだのが、1浪目の時は、割と友人も浪人してる人が多かったから、代々木の代ゼミに通っている人もいて、自分は確か代ゼミには世話にならなかったが、プリパスっていう西新宿のSEGの近くにある予備校に通っていて、近いから、友人と遊ぶのも兼ねて割とよく代々木の代ゼミには行ってた。
代ゼミの本屋も、受験参考書が充実してたし、受験参考書専門の古本屋まであったから、そういうところに行くのは本当に楽しかった。
で、話を本題に戻すと、代々木の代ゼミに、ほんとにちょっとした、レストランとは到底言い難い、簡単にいえば立食いそば屋に近い食堂があって、そこの、単なる、ご飯の上に唐揚げが何個か乗っていて、それにマヨネーズと七味唐辛子をかけるだけ(!)の丼が美味かった。
それがまず思い浮かぶ。
次が、これも思い出すと辛いが、2浪して(入りたくもなかった)慶応SFCの3年目、精神錯乱してまず最初にぶち込まれた芹香会病院という施設で、1度だけ食べた、カレーうどんが、めちゃめちゃ美味かった。小学校の給食みたいで。
以上の2つは、もう存在しないか、存在しててもまず食うようなシチュエーションに絶対なってはいけないものだが、最後の3つ目も、もう存在しない。
最後の3つ目は、東武伊勢崎線の久喜駅の立食いそば屋のラーメン。
もう20年以上前だから、まだぎりぎりデフレスパイラルに太刀打ち出来たのか、立食いそば屋のラーメンなのに、たしか700円くらいはした。チャーシューとか乗せたら、確か800円くらいいってた。
なんの変哲もないただの立食いそば屋のラーメンでそれだけの値段が成立していたのが信じられない。
しかし、とにかく美味かった。
その当時の自分にとっては、700円というのは大金だったし、ラーメンなど滅多に食うものではない、と親から洗脳されていたから、よほど食べたい時以外は食べなかったが、とにかく美味かった。
しかし、とにかくなんの変哲もないラーメンなのだ。
ふつーに野菜のクズと多少のガラか何かを煮込んで、醤油ダレで味付けしてるだけ。
それを、デカい中華鍋で3分くらい麺を泳がせて、最後にデカいタモ(?)みたいなので、器用にパッパッパッと掬い上げる。
ただそれだけ。
それがめちゃめちゃ美味かった。
おそらく、けっこう品質のいい小麦を使っていたのだろう。
今からすれば贅沢な話だ。
1浪目は、まだ同じように浪人してる友人が多かったから、気楽なもんだった。
高校で英語以外何も勉強しなかった身としては、むしろ勉強に飢えていたくらいだ。
特に、上述のプリパス(⇐今はもう存在しない)で、受験世界史のレジェンド、武井正教先生の講義を、少人数で拝聴できたことは、一生の財産だし、そこはマジで親に感謝する。
まあ、そこまでは良かった。
しかし、2浪目からはシンドかった。
俺以外だれも浪人してないしね。
2浪した挙げ句に、入りたくもないのに無理やり慶応SFC入れられて、3年目で精神錯乱して。
はっきり言って、この20数年は地獄だった。
でも、得たものも大きかった、と思う。
https://www.youtube.com/watch?v=WM8bTdBs-cw
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