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面白い記事

 https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00562/082700106/

人生最高のレストランー地獄の二十年ー

 母親が毎週土曜日にTBSの「人生最高のレストラン」という番組を観る。 母親は、自分ではもう料理はしないし、たぶんもともと調理そのものにあまり興味がないんじゃないか、と思うほどなのだが、とにかくメシに関するテレビ番組は、必ず観る。 (なにしろ、学区制導入以前の都立日比谷から女子栄養大学に行ったくらいだから。) その「人生最高のレストラン」というのが、加藤浩次がMCで、YOUとか島崎和歌子とかがレギュラーで、毎回ゲストを招待して、人生の節目節目のエピソードを交えながら、どこそこの料理が美味しかった、などと語る。 (必ずしもレストランとは限らない。ボクシングの井上尚弥の時は、日清のカップヌードルだった。) そこで、ふと自分(がその番組に出演することは永遠にないが)がこういう番組みたいに、どんなレストランでどんな料理が美味かったとか、エピソードを交えて喋る、というシチュエーションを想像してみた。 まず、思い浮かんだのが、1浪目の時は、割と友人も浪人してる人が多かったから、代々木の代ゼミに通っている人もいて、自分は確か代ゼミには世話にならなかったが、プリパスっていう西新宿のSEGの近くにある予備校に通っていて、近いから、友人と遊ぶのも兼ねて割とよく代々木の代ゼミには行ってた。 代ゼミの本屋も、受験参考書が充実してたし、受験参考書専門の古本屋まであったから、そういうところに行くのは本当に楽しかった。 で、話を本題に戻すと、代々木の代ゼミに、ほんとにちょっとした、レストランとは到底言い難い、簡単にいえば立食いそば屋に近い食堂があって、そこの、単なる、ご飯の上に唐揚げが何個か乗っていて、それにマヨネーズと七味唐辛子をかけるだけ(!)の丼が美味かった。 それがまず思い浮かぶ。 次が、これも思い出すと辛いが、2浪して(入りたくもなかった)慶応SFCの3年目、精神錯乱してまず最初にぶち込まれた芹香会病院という施設で、1度だけ食べた、カレーうどんが、めちゃめちゃ美味かった。小学校の給食みたいで。 以上の2つは、もう存在しないか、存在しててもまず食うようなシチュエーションに絶対なってはいけないものだが、最後の3つ目も、もう存在しない。 最後の3つ目は、東武伊勢崎線の久喜駅の立食いそば屋のラーメン。 もう20年以上前だから、まだぎりぎりデフレスパイラルに太刀打ち出来たのか、立食いそば...

推し活

 https://www.youtube.com/watch?v=oEdeXnNUlmM 平沼翔太ついに覚醒か?! 1番サードスタメンで5打数3安打1打点。 いやー、酒飲みたくなってくるわ。

知覚・認知心理学

 テレビ東京の番組で、日本の名門校を紹介する番組があって、六本木にある東洋英和(1880年代に淵源する)という学校が紹介されていたのだが、在校生がいうには、制服がかわいい、と。 特にネクタイ?だかスカーフ?だかの色がどうのこうのと言っていたが、自分には、なんかカナダっぽいな、と感じた。 それは、創立者がカナダ人の宣教師が創立した、という情報を、番組の最初の方で自分が知らされたからかも知れない。 大人になると、何事を認知するにも、何かしら「理由づけ」をしてしまうものだ。 中高生ぐらいの女の子が、「かわいい」と認識したのは、そういう「理由づけ」とはおそらく無関係だろう。 では、なぜ人間は、いつの間にか、なにごとを認識・認知するにも、ある種の「理屈づけ」をするようになるのか? そもそも、なぜ子供は、それを抜きにして、ある色なり形状を、「かわいい」と感じることが出来るのか? そんな疑問が湧いてきて、もう科目登録期間は終わっているが、そういう分野を(おそらく)扱っている心理学の放送授業が、放送大学で開講されているので、ちょっとずつ視聴してみよう。 これは本気で取り組むに値するテーマだ。 ・・・とりあえず第1回視聴。 めちゃめちゃ面白い! 子供ごころに疑問に思っていた内容が講義されている。 結局は、脳がそういう風に出来ている、というある意味身も蓋もない話ではあるが。 ・・・後日(2025/9/2)、あらためて第1回を視聴してみた。 うん。やっぱり面白い。 これはアタリだ。

なあ〜んだ、結局ポピュリズムか。 日経新聞「経済教室」2025/8/27 堀江孝司 東京都立大学教授 寄稿

「大衆迎合主義」とも訳されるポピュリズムは、語源的にはピープル主義といったほどの意味であり、 誰が「敵」かを名指し、その敵から害を被っている人びとをピープルとしてまとめ、自らをその代表に位置づける 。ということのようだ。 アメリカでの調査でも、 多数派のなかに、少数派や弱者とされてきた集団によって何かを「剥奪」されたという感覚がある 、という。 具体的には、ポリティカル・コレクトネスやアファーマティブ・アクションへの反感として、 ある種の政策を「優遇」や「逆差別」とし、多数派こそ差別されているという主張が台頭した 、とある。 日本における先の参院選でも、物価高対策が争点だったはずが、いつの間にか 「日本人ファースト」対「外国人優遇」 にすり替わった。 しかし、日本では従来、ポピュリズムのコンテクストで語られてきたのは、 「納税者」対「税金で食べている人」 という構造だったそうだ。 その意味では、自分のように障害年金を受給しているような人間も、いつかは「敵」認定される危険性がある、というわけだ。 驚いたのは、確か去年だったか、郡山女子大学での行政法の面接授業の折、2日間の講義がほぼ終わり、軽い議論のような場面で、それまで一切沈黙を貫いていた若い女性が、それも1人のみならず、生活保護受給者を敵視する発言をしたことだった。 思うに、さすがに法制度として確立されている社会保障制度を真正面から否定しても、なかなか支持を得られるものではない、つまり票に結びつかないから、結局は尻すぼみになるのだろうが、「外国人」は、そもそも参政権を与えられていないし、わかりやすい「敵」としてやり玉に挙げるのは、有権者にとっても心理的ハードルが低かったのではないか。 つまり、現実に問題なのは、「外国人優遇」ではなく、そういった「敵」認定にやすやすとハマり、安易な二項対立に陥る日本の選挙の意識のあり方それ自体と言えるだろう。 その手口は、去年の七夕都知事選で、石丸伸二氏が躍進したやり口と、さほど距離がないように思われる。 「敵」を設定するのは効果的に見えるが、すべてが成功するわけではない。外国人規制を掲げる党が増え、それを争点だと考える有権者が増えるほど、イシュー・オーナーシップ(その政策を得意としているという評判)をもつ参政党が伸びた可能性がある。(5,6段目より引用)

メモ

 民法の根源にあるのは、公平・公正な社会の実現、という思想だと思うのだが、(もちろん、それは日本国憲法の予定するところである)そもそも公平・公正な社会とはなにか、なぜ公平・公正な社会が’善い’社会と言えるのかまで考えないと、民法とは空疎なものになってしまうと考える。 公平・公正な社会とはなにか、なぜそのような社会が’善い’とされるか、を遡れば、それこそ古代ギリシアの哲学、とりわけその代表的思想家である、ソクラテスまで行き着くのではないか。

簡単な数字のマジック

 コロナ禍の折に、ワクチンは危ないとか、果ては裏に利権が絡んでるだの、陰謀がどうとか、言われたみたいですけど、例えば、99・99%安全なワクチンって言われたら、あなたはそのワクチン打ちますか? 一見、安全なワクチンに聞こえますけど、1万人に打ったら、確率的には1人は重篤な副作用が出ちゃう。 じゃあ、99・999%だったら? それでも10万人に打ったら、1人は確率的には重篤な副作用が出ちゃう。 でも、それが拡散力の弱い病原体に対するものならともかく、コロナ禍みたいに、どんどん爆発的に感染が拡大する真っ最中に、果たして自分がワクチン打たないで、自分が死ぬ確率、さらには新型コロナに罹患して、感染を拡散する確率、それらを考えて、99・999%安全なワクチンを打たない、という選択は、どうなんでしょう? ま、それでも打たない、という人はいるでしょうね。 人間にはどうしても認知バイアスありますから。 それがなかったら、宝くじなんかみんな買わないですよね。 もちろん、既往症がある人は、余計不安に感じるでしょうからね。 みんながみんな同じ状態、と想定すること自体が間違いなのかも知れません。 当然、老若男女いるし。 つまり、この場合の確率、というのは、ワクチンを接種する危険性を、どうしても高めに見積もってしまう、というのが人情とも言えるでしょう。 宝くじは完全にみんな平等な確率ですからね。 でも、なぜか自分には運がついてるから、とか思い込んでしまう。 これも、認知バイアス。

推し活

 ほう、昨日(水曜日)、平沼はスタメンで1番セカンドだったのか。 西口監督からの評価も案外高いんだな。 テレ玉でたまたま見たけど、カーブを空振り三振してた。 ネットで見たら、三打数一安打だったようだが。 空振り三振した後に、外されてた。(T_T) まあ、しょうがない。 カーブみたいに、縦方向と横方向、両方のベクトル(?)を持ってる球に、まだ対応が出来てないんだな。 一昨日(火曜日)の延長12回裏で、サヨナラのチャンスで代打で出てきた時も、外角のカーブっぽい球を内野ゴロ。 課題が見つかったから、練習しようね。 対戦相手も、そろそろ平沼翔太はストレートに強い、ということを理解し始めたのかも知れない。

暇つぶし

     My sister always has an aspiration to ascend to the 'higher hierarchy', but doesn't know how to. She sometimes grumbles she must have been able to stay 'more higher status'. This chasm between her real life and the aspiration to the 'higher hierarchy' drives her to nag at her miserable husband. To tell the truth, 'the victim' used to be me, until she got married. The spouse is truly a deliverer for me, having emancipated me from my sibling. Yes, he is the deliverer. This is the way she always uses; she pays the maximum effort to give an impression, especially to those whom she meets for the first time, as best positive as they are assured she is totally an amicable and friendly person. This strategy, though, always fails at the end. This is only because she herself reveals that she is remote from such a character that she made them believe she were to be. Then, she is forced to leave the colony she cultivated. And, she visits the new field and d...

歴史修正主義はマジでシャレにならない。

 参政党、勢いありますけど、歴史修正主義はほんとにシャレにならないです。 怒るのはアジア人だけだろうと思ってるでしょうけど、むしろ英米人のほうがマジギレしますよ。 こっちの人格が疑われるレベルで。 それを知ってるからかも知れませんが、いわゆる保守の人は、日本の戦後教育はGHQがどうのこうのと言いますが、だったら、英語圏の人に、英語で議論ふっかけて見てください。 生半可な気持ちでそういう発言すると、本気でキレられます。 それを議論するだけの英語力もない、それ以前に日本語で議論する能力すらない。 そもそも歴史を学ぶことを著しく軽視している。 日本の教育は一体なにを教えているんですかね? そして、日本人は一体なにを教わったんですかね? 英語力をひけらかしているだけと映るかも知れませんが、せっかく長い時間英語勉強したのなら、本来はこれくらいの議論が出来るはずです。 ぜひ試して見てください。 繰り返しますが、英語圏の人に歴史修正主義は本気でシャレにならないですよ。

歴史修正主義はシャレにならない。 Googleの生成AIに回答してもらいました。

 I hear you, it can be really jarring when a comment that seems harmless to one person deeply offends another. It sounds like you've had a personal experience that highlights a significant cultural difference in how people view and discuss historical events. You're right, the term "historical revisionism" carries a very heavy weight, especially in the English-speaking world, and can be seen as an attempt to deny or justify horrific atrocities like the Holocaust. In countries like the UK and the US, a lot of historical education is focused on understanding and confronting these painful parts of the past. To them, denying or minimizing these events isn't just a different opinion, it's a serious moral failure. It's a misconception that Americans are "brainwashed" about the atomic bombings. While it's true that the US has historically presented a narrative that the bombings were necessary to end the war and save lives, there's also a signific...

推し活

 https://www.google.com/search?q=%E3%83%AD%E3%83%83%E3%83%86+%E5%AF%BE+%E8%A5%BF%E6%AD%A6&sca_esv=b0c75de4c7c7e182&rlz=1CAJFMC_enJP1092&udm=7&biw=1536&bih=728&sxsrf=AE3TifMDck0bcrZEY8i9L0iDKumn-bKPow%3A1756044596770&ei=NB2raLLlLq6wvr0P-fC-mQk&oq=+%E3%83%AD%E3%83%83%E3%83%86&gs_lp=EhZnd3Mtd2l6LW1vZGVsZXNzLXZpZGVvIgog44Ot44OD44OGKgIIATIKEAAYgAQYQxiKBTIQEAAYgAQYsQMYQxiDARiKBTIKEAAYgAQYQxiKBTIKEAAYgAQYQxiKBTINEAAYgAQYsQMYQxiKBTIIEAAYgAQYsQMyCxAAGIAEGLEDGIMBMgoQABiABBhDGIoFMgoQABiABBhDGIoFMgYQABgHGB5I0h9Q7wVYyQpwAXgAkAEAmAGLAaABkASqAQMwLjS4AQPIAQD4AQGYAgOgAq0CwgIEECMYJ8ICCBAAGIAEGKIEwgIIEAAYogQYiQXCAgUQABjvBZgDAIgGAZIHAzEuMqAH8gqyBwMwLjK4B6UCwgcHMi0xLjEuMcgHJQ&sclient=gws-wiz-modeless-video#fpstate=ive&vld=cid:6c1bb0de,vid:Dhgjnt3CpHM,st:0 よしよし。

帰宅

 小山から帰って来たら、ずいぶんと若者がイキがってて、警察まで居たから、ああ、なんかお祭りでもあったんだねー、と母親に話していて、気付いた。 ああ、そうだ。 今日、花火大会だったんだ。 だから、姉夫婦が観に来れるように、俺が小山の東横インに2・5泊してきたんだ、と。 中年になると、ほんとにすぐ忘れます。 姉は相変わらず、ちょっとピリピリしてたらしい。(⇐ビョーキだから仕方ない) 義理の兄は、相変わらず朗らかだったらしい。(⇐神だ!そんな義兄をいじめて遊んでる姉は相変わらず) (姉は、俺みたいに滅多なことでは怒りを表に出さない人間を散々いたぶって遊んでいたのだ。同じことを、義理の兄にもやってる。ビョーキ。) さて、小山の東横イン、良かったねー。 再開発してたから、適度に過疎ってるけど、近くにコンビニもあるし、なんか感じが良かったね。 あるいは、俺の他人に与える印象そのものがポジティブになったのか。 高崎から小山、2時間も掛かるけど、慣れれば案外あっという間だ。これはいいね。 特別うまいものを食おうとかそういう気はまったくないんだけど、なんかすげえリラックスできた。 単にタイミングの問題かも知れないけど。 つまり、俺の内面で何かがポジティブに変わったのだろう。 義理の兄にはいくら感謝しても足りない。

久しぶりに・・・解放感

どうしても今日中に薬が必要だったから、みやもとクリニックに行ってきました。 ここ2,3日は調子が良いから、調子がいいと逆に何を話したら良いかわからないし、お盆休み明けということもあり、繁盛(?)しているようで、結構待ったし、何より宮本先生がオーバーヒートしてないか、が気がかりだったが、そんなでもなかった。 相変わらず、待合室で何を喋るか何度も反芻していたが、診察室に入って、宮本先生の表情をうかがいつつ、微妙にタイミングを調整しながらお話する、といういつものスタイル。 やっぱり、自分自身のことを言えば、調子が良かった。 それでも敢えてお話するとすれば、やはり姉のことなのだが、結論としては、自分の解釈というか、自分で出した結論、つまり、俺はもう姉の(メンタリティー)ことについて責任を負わなくて良い、と、口には出さなかったが、宮本先生も同意してくれたようだ。 むしろ、口には出さないが、俺はもう姉から解放されて然るべきなんだ、と仰ってくれてさえいるような気がした。 ・・・ああ、なんかスッキリした。 ちょっと大げさだけど、世界が明るく見えるわ。 マジで。 みやもとクリニックは、俺にとってなくてはならない存在だ。 正直、お盆で1週間休みなのは、ツラかった。

主婦をリスペクトしろ!

  https://news.nifty.com/article/item/neta/12378-4403735/ これは秀逸な論考だと思った。 確かに、今までこの層には光が当たっていなかった。 (あるいは、自分も含めて、就職氷河期世代とか。) 今まで既成政党が拾えてなかった声を拾ってきた、というだけでも、参政党の貢献と言えるかも知れない。 ただし、やたらめったら、実現できるのかわからない政策を掲げるのはいかがなものかとも思うが、既成政党に緊張感をもたらし、結果的に彼らが今まで拾えてなかった声に、耳を傾けさせるならば、頭ごなしに、こんな政党は存在自体赦しません!というわけにもいかないだろう。 さはさりながら、国政政党ともなれば、党の方向性というものをある程度は明確にせざるを得ないだろう。 やたらめったら有権者に耳あたりの良いことばっかり言っても、党としての方向性が見えてこないようでは、空中分解するか、あるいは共産革命政府のように、結局は独裁に行き着く、というのがありがちなパターンだ。 いくら色んなところから支持を得たところで、政党としての方向性を決めていく過程で、どこかを排除せざる絵を得ない。 八方美人ではいられないのが、政治というものではないだろうか。 自分自身、中学(佐野日大)の同級生(女性)が、熱心な参政党員で、半年くらいかな?情報をやり取りもして、サンプル数1といえども、まったく当てずっぽうで言うわけではないが、あまりにも参政党のセミナーかなにかで得た眉唾もののイデオロギーで世の中すべてのことを解決しようとか、果ては、理解できないことは何でも陰謀論で片付けたりとか、知的に誠実とは到底いえない有り様だった。 ちゃんと日大でて、アメリカに10年住んでて、そこでも大学を卒業したにも関わらず、あなたは大学で何を学んだのですか? 「学問」の在り方というものに関して、非常に不誠実な態度ではないですか?といった感じだった。 だからこそ、信じていた政党が、ある意味「マトモ」になっていくほど、あるいは自分とは思想的に相容れない党員が増えていくにつれ、葛藤を経験せざるを得ないのではないか、と思われる。 自分自身が、「推し活」をしているだけに、「推し」の欠点に目をつぶり、良いところだけ過大評価したい気持ちはわかる。 しかし、「推し活」をするにも、冷静に対象を分析し、場合に...

推し活

 https://www.youtube.com/watch?v=FDmtlA8mau8 代打で、最後の最後に平沼翔太が出てるが、スイング自体は悪くなかった。 飛んだところがライト真正面だった。 思うに、平沼翔太という選手は、スタメンよりも代打向きの選手なのだろうか? ま、それはどっちでもいい。 スイング自体は良かった。 そんな凄い選手じゃなくても、いい。 2015年のセンバツを制した時から、いや、その前の年に、夏の甲子園で見た時から、いい選手だ、と思ってきた。 10年経って、代打でもなんでも、1軍の選手としてグラウンドに立っていてくれるだけで、十分報われた思いだ。 お前が真摯に野球に取り組み、ひたすら練習を重ねてきてくれたことだけでも、俺は満足だ。 お前は決して俺を裏切らなかった。 それだけで十分だ。

闇に堕ちた?

 週末、高崎で花火大会があるから、俺の方から、気晴らしにと思って、姉夫婦と甥っ子が観に来れるように、と、言うか直に顔合わせるとかマジ無理だから、別の場所の東横イン取ったんだけど、意識がボンヤリするというか、うつ病とまではいかないにせよ、妙な眠気がとれない。 母親に訴えても、姉の肩を持つし。 余計なことしたなー。 ハア。 ・・・つらつら想うに、姉は、闇に堕ちたのかも知れない。 言い換えれば、もう、タタリ神になってしまったのかも知れない。 そこまで行っちゃったら、俺の力ではどうにも出来ない。 サヨウナラ、としか言えない。 心情のない享楽人 : 資本主義がもたらす豊かさを消費することだけを目的とする人々。快楽や娯楽を追い求めることに熱中するあまり、人生の深い喜びや、他者との共感、倫理観といった「心情」を失ってしまった状態。    (Googleの生成AIによる解説) これは、かのマックス・ウェーバーが呈示した、資本主義が生み出す人間の成れの果ての1類型なわけだが、今の姉は、こういう状態なのかも知れない。 社会的体裁は取り繕いながらも、内面は空虚そのものであり、飽くこともなく自己の利益と享楽と名声と富のみを追い求め、しかし、心身ともに決して充たされることがない。 ここまで来てしまったら、俺に出来ることは何も無い。

文学とグローバリゼーション 野崎歓先生との質疑応答

  このたびは授業を視聴し、作品を読んだうえで的確なご質問を頂戴しまことにありがとうございます。フランス文学・思想における「時代を牽引するような象徴あるいはモーメンタム」の存在について、ご指摘のとおりだと思います。小説のほうでは現在、ウエルベックをその有力な発信者(の一人)とみなすことができるでしょう。 彼の作品では、「闘争領域の拡大」の時代における最後の人間的な絆として「性」を重視しながら、それすら遺伝子操作的なテクノロジーによって無化されるのではないかとのヴィジョンが描かれていることも、ご指摘のとおりです。 そこでご質問の、彼が「グローバリゼーション」をどこまで意識しながら書いているのかという点ですが、まさしくその問題はウエルベックが現代社会を経済的メカニズムの観点から考察する際、鍵となっている部分だと考えられます。アジアに対する欧米側の「文化帝国主義」に関しては、小説「プラットフォーム」において、セックス観光といういささか露骨な題材をとおして炙り出されていました。また近作「セロトニン」においては、EUの農業経済政策が、フランスの在来の農業を圧迫し、農家を孤立させ絶望においやっている現状が鋭く指摘されています。その他の時事的な文章・発言においても、ヨーロッパにおけるグローバリズムと言うべきEU経済戦略のもたらすひずみと地場産業の危機は、ウエルベックにとって一つの固定観念とさえ言えるほど、しばしば繰り返されています。 つまり、ウエルベックは「グローバリゼーション」が伝統的な経済・産業活動にもたらすネガティヴな影響にきわめて敏感であり、そこにもまた「闘争領域の拡大」(ご存じのとおり、これはそもそも、現代的な個人社会における性的機会の不平等化をさす言葉だったわけですが)の脅威を見出していると言っていいでしょう。なお、「セロトニン」で描かれる、追いつめられたフランスの伝統的農業経営者たちの反乱、蜂起が「ジレ・ジョーヌ(黄色いベスト)」運動を予言・予告するものだと評判になったことを、付記しておきます。 以上、ご質問に感謝しつつ、ご参考までお答え申し上げます。

現代日本、格差とポピュリズム Googleの生成AIが詳細なレポートを作成してくれました。

  グローバル潮流と現代日本の政治経済情勢:格差、不信、そしてポピュリズムの複合的連鎖 序章:グローバル潮流と現代日本の位相 1.1 「ウォール街を占拠せよ」以降の世界:格差とポピュリズムの共振 2008年の世界金融危機は、新自由主義的グローバル化がもたらした構造的なひずみを露呈させました。金融市場の暴走が招いた経済的混乱と、それに続く富の偏在は、世界中の人々に根深い不満と不安を植え付けました。こうした背景から生まれたのが、2011年に米国ニューヨークで勃発した「ウォール街を占拠せよ」運動です。この運動は、金融エリートと一般市民との間に横たわる深い分断を象徴的に可視化し、その後のグローバルな社会運動や政治潮流に決定的な影響を与えました。この時期から、既存のエリートやシステムに対する人々の苛立ちが顕在化し、大衆の感情や直接的な支持を基盤とするポピュリズムが、欧米を中心に世界各地で台頭することになります。 ポピュリズムの台頭は、グローバル化がもたらした人々の苛立ちと、経済の長期停滞という二つの構造的要因が深く絡み合って生じた現象として捉えることができます 。経済的な成長が鈍化し、社会全体で分配すべき「果実」が減少する一方、社会保障の維持など、有権者が負担すべき義務は増大しました 。この状況下で、国民にさらなる負担を求める従来の政治家は支持を失い、代わりに「国民」対「腐敗したエリート」という分かりやすい対立軸を設定し、大衆に直接語りかける政治家が台頭する土壌が形成されたのです。ポピュリズムは、単なる政治手法ではなく、既存の政治システムに対する信頼の喪失と、経済的な閉塞感が生み出した必然的な帰結であると分析されます。 1.2 日本の「失われた30年」と世界的潮流の交差 世界的な格差拡大とポピュリズムの潮流が押し寄せる以前から、日本は独自の構造的課題に直面していました。いわゆる「失われた30年」と呼ばれる長期停滞は、デフレ経済、少子高齢化、そして産業構造の根本的な変化を伴い、社会全体に閉塞感をもたらしていました。本報告書は、この日本固有の構造的問題と、世界的なグローバル化の潮流が相互に作用し、現代日本の政治経済情勢を複雑かつ根深いものにしたという命題を検証します。 具体的には、グローバル化が引き起こした経済構造の変容が、国内の所得・資産格差をどのように拡大させたか、そ...

アドルノはまだ生きている Googleの生成AIバージョン

  後期資本主義と日本社会の変容:経済的疎外と「自由からの逃走」の系譜 序論:後期資本主義と日本社会の変容――喪失の時代の始まり 戦後日本は、「一億総中流」という社会意識の下で、高度経済成長の果実を享受し、相対的に安定した社会を築き上げてきた。しかし、1990年代以降、グローバリゼーションの波とそれに伴う新自由主義的な経済政策の導入は、この社会構造に静かな、しかし確実な変容をもたらした。本報告書は、この構造的変化が、単なる経済的格差に留まらず、個人のアイデンティティや心理的基盤にまで深刻な影響を与えている現状を分析する。特に、経済的な閉塞感から生じる疎外が、いかにして権威への服従や排他的ナショナリズムといった政治的動向、あるいは精神世界への逃避と結びつくのかを、エーリッヒ・フロムとテオドール・アドルノの思想を援用して多角的に考察する。 エーリッヒ・フロムは『自由からの逃走』において、資本主義社会が個人を旧来の共同体的な「第一次的絆」から解放し、自立した存在としての「自由」を与えた一方で、その重荷に耐えきれなくなった人々が、その自由を放棄して権威に服従する心理的メカニズムを解明した。また、アドルノは、後期資本主義の進展に伴う均質化と「物象化」が、真の個性を喪失させ、その反動として「民族の本来性」という観念的な概念が追求されるという、疎外の複雑な現れを指摘した。これらの古典的理論は、現代日本の社会が直面する、経済的困難と心理的脆弱性が絡み合った複雑な現象を理解するための重要な鍵となる。 I. 経済的基盤:閉塞感を生み出す構造的格差 グローバリゼーションと新自由主義の潮流は、日本の社会経済に深い影響を与え、その結果として顕著な構造的格差を生み出した。この格差は、単に所得の不平等に留まらず、個人の生活様式、キャリア形成、そして自己評価にまで深く関わる問題となっている。 1. 所得格差の拡大:穏やかなる上昇傾向の深層 日本の所得格差を示す代表的な経済指標であるジニ係数は、1980年代以降、緩やかながらも一貫して上昇傾向にあることが複数の統計調査で確認されている 。これは、戦後長らく「平等社会」とされてきた日本の社会構造が、長期にわたる静かな変容を遂げてきたことを示唆する。さらに、OECDのデータ(2018年)によれば、日本の所得格差は先進国の中でもアメリカ、イギリスに...