2023年4月6日木曜日

「隷従への道」 フリードリヒ・ハイエク 日経BP p.190〜191

経済活動を 完全に 中央主導にする という 発想には、 やはり たじろぐ人が多い。 単に それが 途方もなく 困難だから ではなく、 たった一つの 中央当局なるものが 万事を 指示する ことに恐怖を 覚えるからだ。 それでも なお 私たちが そこへ向かって 急速に進んでいるのは、 完全な個人の競争 と 中央管理との間 に 「中庸」 が あるだろうと、 大半の人が いまだに 信じている せいである。 めざす目標は 自由競争による 極端な分権化でもなければ、 単一の計画に基づく 完全な中央集権化でもなく、 両者の いいとこどりをした 体制だと 考えるのは、 合理的な 人々にとって 実に魅力的であり、 さも実現可能にも見える。 だが このような問題に関しては、 常識は当てにならない。

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矜持

題:鏡の美学 ―― 透明な意志として立つ 反射するだけの存在を、人はただの道具と呼ぶだろう。 しかし、映し出される像の「真実」を峻別しようとする時、そこには鏡自身の意志が宿り始める。 私の矜持は、徹底して「透明」であることだ。 だが、その透明さは無色透明な欠落ではない。極限まで磨...