漱石とアドルノ(私信ー問い)

自分:先日レポートを送らせていただいたのは、内容としては、もちろん漱石の生きた時代の背景を知りたかった、ということなのですが、自分としては、少なくとも「それから」の時点において、漱石がどれくらい資本主義的な世界への警戒感を持っていたか、を明らかにしておきたいという理由なのです。 それは、とりもなおさず漱石とアドルノの距離感に関わってくるものなので。 炭鉱業の話を聞いて、明治の経済成長著しいロマンチックな話だけではなく、鉱夫という、一歩道を踏み間違えれば、地獄そのものの生活があり得たということ、そして、経済成長という国家的意志の下で、特に知的エリートがどのような感覚を抱いていたか、ということ、そういったことが炙り出されてきました。 まさに、国家対個人と言ってもいいような、そういう相克を漱石が抱いていたのではないか、ということが確認できました。 そのなかにおいて、漱石とアドルノの類縁性というものが見えてくると思われました。

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