お返事

『行人』のご論、たいへん興味深く。  どんどん資本主義化が進む中――そうとも気付かず、間断なくその波にさらされ、 浸食をうけつつある近代人の心理、というのは漱石を読んでいて実感するところです。 ただ、その意味では神経症的な三角形への拘りもまた、交換不可能なものを 追いかければ追いかけるほどにすべてが交換にさらされる近代社会の手痛い賜物、のような気がします。 代助が白百合の香を借りて果たした主客合一も、また彼が3年間にわたって拒否してきた <性愛>へ初めて自己を譲り渡した限界ギリギリの行為だったように思われます。 その意味で、『それから』ラストは、そこまでの前期世界の終焉、そして『門』に始まる 資本主義下・植民地主義下を生きる新たに現実的な決意の出発地点なのだ、という気がしてなりません。

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