2022年3月8日火曜日
レポート@岩手大学
課題:私的自治の原則と消費者契約法との関係
現代の先進国においては、ほとんどすべての人が、休みなく消費者として生活している。
そして、消費者として生活するうえでは、ほとんどの場合、金銭のやり取りを伴う。金銭のやりとりを主とする市民社会の誕生は、イギリスの重商主義政策による産業革命の結果生まれた。アダム=スミスの「神の見えざる手」という格言が象徴するように、自由主義市場は、あたかも規制を加えずに放置しておけば、自然と社会が健全に繁栄するという考え方が、支配的になった。しかし、ゲーテが早くも「ファウスト」や「ヴィルヘルム・マイスターの修行時代」、「ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代」で示唆していたように、貨幣の暴力が人間の無限の欲望を解放し、徒弟制度を中心とした当時の社会秩序を不安定にする側面があったことが表現されている。ヘーゲルは、アダム=スミスや、ジョン・ロック、ホッブズの系譜に属する社会契約論に異議を唱え、倫理的な社会の構築を目指した。それは社会主義経済の遠因となったが、結局は全体の名の下に個人を抑圧する思想に口実を与えることともなった。
ニーチェの「神は死んだ」という宣言の後に、どのような「公共」がありうるか、という問いが提起されている。アラスデア・マッキンタイアーが、「ニーチェかアリストテレス」 と提起するように、負荷なき自己としての個人によるリバタリアニズムか、何らかの形でのコミュニタリアンか、の方向性が提起されている。
ただ、個人は、「鉄の釜」(マックス・ウェーバー)の中のアトムだとする理念形態に与するとしても、国家から何らかの保護を受けるべきだという修正自由主義が、資本主義社会においても趨勢となっている。
そのように考えるとき、民法というまさに自由主義を保護することが本来の目的であった法律が、消費者を、より力の大きい事業者から一定程度保護しようという契機が見出される。
そこからさらにすすんで、消費者が、単に保護されるだけの存在ではなく、より自主的に「公共」へとコミットメントしていく姿勢が問われている。
具体的には、スマホなどの電子機器に使われるレア・メタルが、非人道的な紛争の遠因となっていないかどうかなどが問われるだろう。
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