2022年3月6日日曜日
森本先生より
レポートはたいへん興味深く読ませてもらったばかりでなく、また
たいへん勉強になりました。
アドルノについては、ポスト構造主義が大きくクローズアップされた80年代から
しばらくの間、私たちでも手に取るような一般的理論書の引用、あるいは論文の
脚注で名前はよく知りながら、レポートを拝見して、初めてその具体的実像について
アウトラインを教えて頂いたことになります。
理性と個人の誕生に重きを置きながらも、それが疎外を産み出さざるをえない
一種の必然に対して、それを批判しながらも反動的な主客合一論へは与しない、
むしろ代償を支払いながら手にする「反省能力」に信頼を置く……
こんな感じで理解しましたが、何より漱石との親近性に瞠目に近い思いを
抱きました。漱石の文明批評は、いうまでもなく「近代」批判なのですが、
しかしけっして、傷だらけになりながらも獲得した「個人」を手放そうとはしません
でした、それが彼を果てしない葛藤に陥れたにも拘わらず。
レポートを拝見させて頂き、末尾の件り――アドルノの「疎外」批判が、
それを資本主義に固有の現象としてそこに帰させるのではなく、「主体性の歴史」
に「刻印」されたものとして把握しているとの括りに、漱石との類縁性を改めて実感
し直すと同時に、漱石論への大きな励ましのステップを頂戴する思いです。
本当に有り難う。
なお、教室でしばし議論した漱石の「母胎回帰」の話しですが、今回頂戴した
レポートを拝読して、漱石の百合は、教室で伺った母胎回帰現象そのものよりも、
むしレポートに綴ってくれた文脈に解を得られるのではないかと考えます。
確かに主客分離への不安、身体レベルでの自然回帰への欲望――、まずはそれが
出現します。しかし、すぐに代助はそれを「夢」と名指し、冷めてゆきます。この折り返しは、
まさにレポートに綴ってくれたアドルノの思想の展開に同じ、ですね。主客分離が
主観による世界の支配を引き起こしかねず、そこから必然的に生起する疎外や物象化を
批判するが、しかしながら、再び「主観と客観の区別を抹殺することは、事実上(の)
反省能力を失うことを意味」するが故に、主客合一の全体性への道は採らない。
漱石の「個人主義」解読への大きな手掛かりを頂戴する思いです。
しかし、それでは刹那ではありながら、代助に生じた百合の香りに己を全的に放擲したという
この主客一体感――「理性」の「放擲」とは何を意味するのか……。「姦通」へのスプリングボード
だったのだろう、と、今、実感しています。
三千代とのあったはずの<過去(恋愛)>は、授業で話したように<捏造>されたもの
です。しかし、この捏造に頼らなければ、姦通の正当性を彼は実感できようはずもない。
過去の記念・象徴である百合のーー最も身体を刺激してくるその香りに身を任せ、そこに
ありうべくもなく、しかし熱意を傾けて捏造してきた「三千代の過去」に「離すべからざる
代助自身の昔の影」=恋愛=を「烟の如く這いまつわ」らせ、その<仮構された恋愛の一体感>を
バネに、姦通への実体的一歩を代助は踏み出したのですね。
こうでもしなければ、姦通へ踏み出す覚悟はつかず(この「つかない覚悟」を「つける」までの時間の展開が、
そのまま小説『それから』の語りの時間、です)、それ故、このようにして、彼は決意を獲得する、というわけです。
ただしかし、前述したように、代助はすぐに「夢」から覚めるし、合一の瞬間においてさえ「烟の如く」と表して
いるのでもあり、代助自身がずっと重きを置いてきた<自己―理性>を、けっして手放そうとはさせない漱石の
<近代的個人>なるものへの拘りと、結局のところは信頼のようなものを実感します。
だから漱石には「恋愛ができない」--『行人』の主人公・一郎のセリフです。
鋭く深い示唆、そして暖かいコメント、本当に有り難う。
急ぎの乱筆となり、お許し下さい。
思想系の勉強をされている方だろうと拝察致しますが、どうぞ芳醇な実りを得られますようにと
お祈りしています。 森本隆子
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