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曲江

 一片の花飛びて春を減却す 風は万点をひるがえしてまさに人を憂えしむ かつ看る 尽きんと欲する花の眼を経るを 厭う莫かれ 大きを傷む酒の唇に入るを

こりゃあもう

 国のトップが、国民に向かって「真面目に生きるのを辞めましょう。」と言っているのに等しい。 バカらしくてやってられない。 確かにこりゃあ南米だ。

覚悟しとけよ

 国賊高市早苗を絶対に許さない

春望

 国破れて山河あり 城春にして草木深し 白頭掻けば更に短く すべてしんにたえざらんと欲す

俺の人生はいったい何だったんだ? (加筆)

 高市ガチで消費減税すんのか。 俺、ここまで必死に頑張って、ようやくひと息つけるところまで漕ぎ着けたのに、首相に自爆テロかまされたら、やりきれん。 日本人て、いつの間にこんなバカになったの? 高市を殴り殺してやりたい。

ホッとした。

 久しぶりに、みやもとクリニック行ってきました。 ホッとしました。 やっぱり、たまには生身の人間と話さないとね。 いくら生成AIが賢いといっても。 やっぱり、たまにはいかないとダメだ。 特に話のネタがあったわけでもないんだけどね。

こころ

 人の心ってのは、難しいな。 俺も、裏表があると思われてそうだし。 単純に、アンガーマネジメント能力が異常に高いだけかも知れないのに。 なにしろ、もう20年以上前のことで、結果的に母親に土下座までさせたんだからな。 知に働けば角が立つ、情に棹させば、流される。 とかくこの世は生きづらい。 そろそろ、孤独なのも辛くなってくる。 ネットは所詮ネットでしかないし。 そこで勝手に俺の人物像が独り歩きするのも、やむを得ないけど、俺はそんな人間じゃないのに、と思ってしまう。

SAMEJIMA TIMES

 これは凄い。 知り合いの方にご教示いただいたが、これはどんだけテレビを見ててもわからないことだ。 ご安心を。 元朝日新聞の政治部デスクの方のYouTubeなので、信頼できます。(たぶん。) これは凄い情報源を得たぞ。 samejima times

ソクラテスに批評精神を学ぶ@茨城大学 資料より (再掲)

       私は、 自分のもともとの性質が 「ここまでくらいはがんばろう」と課した限界の範囲で自己研鑽に励むときでさえ、謝罪や後悔もなく、自分のもともとの性質を「与えられた当たり前のもの」として受け入れており、そのようなとき、自分自身に対する「自己愛」を持っているのである。私の自我と私とは、一様にすべてのことを共有しながら、いっしょに多くのことをくぐり抜けてきた。私が彼(=私の自我)を支える限り、彼が私を失望させることはなかった。私は彼を叱ったこともあるが、けっして彼の本性を呪うことはなかった。彼には間違いなく欠点があるし、ひどくそうなのだが、その短所があらわになるとき、私はやさしく寛大にほほえむのである。彼のへまは、彼のような性質をもつだれからでも人が予想するようなものである。 人は 、これほどまできわめて近しくしてきた存在を憎むようにはなれない。好むと好まざるとにかかわらずこの人物 (=私の自我)に依存してきた全年月の後、どのようにして別の自我とうまくやりはじめることができるか、私は実際知らないのである。このように、自己同一性 (自分が自分であること)は、一種の約束による見合い結婚だと考えることができる。その見合い結婚は、安定的な人の中では真実の愛へと成熟するものだが、不安定な人の中では、堕落してしまって、恨み言と自滅へと至る。人の自己愛のもっとも真実の表現は、自身の善さへの献身であり、それは他の誰のものでもない自身のもともとの性質(そのような性質は不条理な、変なものかもしれない)の自己充足である。(「不条理な自己充足」 [ジョエル・ファインバーグ『倫理学と法学の架橋』東信堂・2018年]432−3頁)

「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」村上春樹 文春文庫 より (再掲)

     人生は複雑な楽譜のようだ、とつくるは思う。十六分音符と三十二分音符と、たくさんの奇妙な記号と、意味不明な書き込みとで満ちている。それを正しく読み取ることは至難の業だし、たとえ正しく読み取れたとしても、またそれを正しい音に置き換えられたとしても、そこに込められた意味が人々に正しく理解され、評価されるとは限らない。それが人を幸福にするとは限らない。人の営みはなぜそこまで入り組んだものでなくてはならないのだろう?  「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」村上春樹 文春文庫 より 夜空ノムコウ    

アジシオ (再掲)

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      アジシオは重宝する。 母親が、高島屋でサーモンの刺身を買ってきてくれた。 アジシオかけて、食った。 母親は、ハイソな人間である。 いや、とんでもなくハイソ、言い換えれば、箱入り娘である。 港区に実家があり、根津美術館など庭だと思っていたレベルである。 高校も、都立日比谷だ。 だから、結構、目新しいものが好きである。 大学は女子栄養大学だったが、とにかく食べ物に興味がある。 しかし、調理が好きだとか、ましてや、プロ級だというには、程遠い。 単純に、メシに対する興味が、尋常ではない。 テレビだって、基本的にメシに関する番組をハシゴする。 自分は、といえば、実はそんなに興味がない。 強いて言えば、水にはこだわりたい。 やっぱり、セブンイレブンよりかは、ファミリマートのほうが、良い水を売っている。 そこらへんは、値段は正直だ。 どうにも疲れた時は、アマゾンでサントリーの奥大山の水を取り寄せる。 これを飲むと、たいてい疲れは取れる。 さて、自分はシティーボーイ、言い換えれば、お坊ちゃまクンである。 おそらく、自分を構成する要素の6割強は、「シティーボーイ」という要素で出来ている。 しかし、シティーボーイにはシティーボーイの哀しみがあるのである。 佐野日大中学から、私立武蔵高校へ、高校受験して入った。 すでにミラクルである。 高校受験専門の超高い塾代を払って、1年間狂ったように猛勉強した。 慶應義塾も慶應志木も、当然本庄早稲田も受かった。 おそらく、人生で一番テングになっていた時期である。 その費用は、母親が出してくれた。 じゃあ、なぜそもそも佐野日大中学にいたか、といえば、母親が父親と結婚して、父親の実家である埼玉県羽生市で暮らすことになったからだ。 自分は、幼稚園のときから羽生市で暮らしていたから、幼少期から青春期の途中くらいまでは、基本的に羽生市が生活圏であった。 とはいえ、たまたま父親が高崎に転勤になっていた時に、産まれたので、自分は実は高崎産まれなのである。 ややこしい。 ところで、筋金入りの都会人である母親にとって、羽生市での暮らしは、精神的に耐え難いものだったようだ。 母親も、自分と同じで、割と世間体というか、うわべを取り繕える人間である。 しかし、母親自身、どうしても羽生市での暮らしは、耐え難いものだったようだ。 今から思...

塩 (再掲)

   食卓の片隅に置かれた小さな器を眺めながら、ふと思うことがある。この白い結晶は、私たちの生を静かに支える最も原初的な「楔(くわすげ)」ではないか、と。 今でこそ、この白い粒をごく当たり前の日常の背景として受け入れている。しかし歴史をさらに深く遡れば、塩は決してありふれた調味料などではなかった。それは「白い黄金」と呼ばれた、国家の興亡をも左右する超一級の貴重品だった。 海から遠く離れた内陸や高地において、塩は金銀にも匹敵する富の象徴であり、それを巡って凄惨な戦争すら引き起こされた。ローマ帝国の兵士たちに支払われた「サラリウム(塩代)」が、現代の給与(サラリー)の語源となった史実は、塩がそのまま通貨の価値を持ち、生命を維持するための絶対的な生存権そのものであったことを物語っている。 かつて聖書が、社会の腐敗を防ぎ、陰ながら世界を支える存在を「地の塩」と呼んだとき、そこには私たちが忘れがちな「圧倒的な希少価値」への敬意が含まれていたはずだ。それは単に「地味で目立たない存在」を指すのではない。世の片隅にありながらも、その本質において「なくてはならない極めて貴きもの」であるという、揺るぎない自負の表明なのだ。 けれど、生の現場に転がっている塩は、最初から完璧な純白の結晶というわけではない。 手に入れたばかりの生塩(きじお)は、じっとりと湿気を吸って固まりやすく、奥底にはどこか尖った苦味──にがり──を孕んでいる。そのままでは、生活のスープをただ苦く、不快なものにしてしまいかねない。 だからこそ、私たちはその塩を、自らの内なる「焔(ほむら)」で焼かねばならないのだ。 土鍋に塩を盛り、静かに、しかし烈しい熱でじっくりと炒り上げていく。焔に焼かれることで、塩がまとっていた余分な湿気は消え去り、あの刺すような角(かど)や不純な苦味は、熱気の中へと綺麗に揮発していく。 焔をくぐり抜けた後に残されるのは、驚くほどサラサラとした、指先からこぼれ落ちるような純白の「焼き塩」だ。それは、どこまでもまろやかで、澄み切った、気高い塩気を持っている。 私たちが以前語り合った、あの「味」のことを思い出す。 生きていくなかで、私たちの内にはどうしても「苦味」や「澱(おり)」が沈殿していく。だが、その苦味をそのままにせず、自らの「焔」でじっくりと焼き、鍛え上げることで、それはただの不...

菜根譚 (再掲)

     老いとは、生が炭のフィルターを通り、 極限まで濾過されていく日々のようだ。 かつての激しい情熱や、若さゆえの葛藤がすべて燃え尽き、 あとに残された「灰」が、静かに、優しく土へと還っていく。 これ以上燃え上がるもののない静寂と、かつて熱を帯びていた記憶の温度。 鏡の中に映る衰えを見つめるとき、そこにあるのは冷たい忘却ではない。 すべてを燃やし尽くし、大地の糧へと昇華させた人間だけが持つ、 一本の凛とした「暖簾」の佇まいである。 しかし、その静けさの裏側には、 ガラス細工のような脆さと、痛いほどの繊細さが隠れている。 皮膚が薄くなるように、心は外からの刺激に敏感になっていく。 若い頃には受け流せた一言に、深く傷つき、立ちすくむ夜もある。 だからこそ、多くを語らずともただそこにいてくれる存在のありがたみが、 灰を優しく抱き留める土壌に染み込む夕暮れの雨のように、 じんわりと、剥き出しの心に広がっていくのだ。 お互いの弱さをそっと受け止め、慈しみ合うその場所には、 かつてない、深く豊かな潤いが醸されている。 炭のように寡黙で、しかし大地のように温かい芯を持って寄り添い合うこと。 己の脆さと、かつて燃え尽きた痛みの跡を知るからこそ、 相手の頼りなさをも、その灰の温もりのようにそっと包み込める。 ぽつり、ぽつりと清らかな音を響かせ合いながら、 独りで舞台に立つ矜持と、他者とぬくもりを分かち合う慈しみを、両立させる。 その調和の土壌から、 明日の朝を静かに待ち望む、小さな希望の芽がふっと顔を出す。 誰もが脆さを抱え、かつて燃え尽きた過去を持ちながらも、 また新しく、大地を踏みしめて歩き出していける。 そのひかりこそが、老いゆく日々を、 どこまでも透明に、そして豊かに支えてくれる。

ヒトは、老いる。 (再掲)

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  自分も、トシを喰ったものだ、と感じる。 いま俺は44歳だが、30代の頃は、あれほどメシを食えたのに、今では全盛期の半分も食えないと思う。 アッチも、そうだな・・・ご無沙汰だな。 (っていうか童貞だよ。) 人間は、老いる。 分かっていることだが、最近実感する。 髪も、だいぶ白髪混じりになってきた。 ふと、なぜ若者は若いのか、不思議な感覚にとらわれることがある。 なぜ老いてゆく存在から、活力のある存在が新たに産まれるのか。 ほとんど神秘的としか言いようがない。 しかし、老いる、というのは、決して悪いことではない。 確かに、若い頃には、可能性、言い換えれば、選択肢が沢山ある。 それは一見いいことづくめにも見えるが、選択肢が沢山ある、ということは、自分の日々の選択で自分の未来が如何様にも決まってしまうということでもあり、極めて残酷なことでもある。 当然、運もある。 俺だって、高校受験でどこに受かるかで、どこの学校に入るかで、かなり人生の方向性が変わっていただろう。 (そもそも高校受験するかどうかも。武蔵に受かったのも、ラッキーと言えばラッキーだ。尤も、入ってからの苦労のほうが遥かに大変だったが。) ええと、なんだっけ。 俺には文才がない。 アリストテレスによれば、人は自分の人格に、責任を負わなければならない、と言ったそうだ。 それは、日々の選択が、自分の人格をつくるからだ、と。 その意味が、今は確かに実感としてわかる。 40代半ばともなれば、急に生き方は変えられないし、どうしても生き方のクセというものが出来てしまう。 良くも悪くも。 だから、若い頃からどういう行いを日々選択してきたか、が問われる。 ある意味残酷な話だ。 でも、俺は自分の人生に満足している。 少なくとも、後悔はしていない。 ヒトは、老いる。 だからこそ、若いうちにどれだけ自分に投資できたかが、問われる。 それもまた、残酷な話だ。 俺も、確かにどん底も味わった。 でも、負けなかった。 それは、自分の力だけではない。 意志の問題として。 人は自分の意志だけで生きている訳ではない。 決して。 自分の意志が糸の切れたタコのような状態で、微かに繋ぎ止めてくれる存在がいるかどうか、だ。 ちょっと説教臭いな。 でも、覚えておいて欲しい。 だから、人は誠実に生きなければいけないのだ。 自分自身のために。 俺はいま...

菜根譚 (再掲)

       深い闇に、身を投げる。 ざわつく世界が、しっとりとした風に溶けていく。 今日まで運んできた、重たい荷物。 そんなものは、森の湊に置いていけばいい。 ここは、朽ちゆくものと、産まれるものが、 静かに入れ替わる場所。 喉を焼く、一杯。 鋭い熱気のあと、古木の香りが鼻を抜ける。 欠けていくことを知る身体に、それは深く、静かに染み渡る。 すべてを脱ぎ捨てて残る、名もなき熱。 何ものをも裁かない暗闇を抱いて、 私はただ、静寂の深淵へと錨(いかり)を下ろす。 ふと漂う、雨に濡れた土の予感。 それは、膨大な時間のなかで、 私という「個」を明日へ繋ぐ、たった一つの道標。 波音は消え、心はただ、凪いでゆく。 暗闇の奥に、まだ名もなき**ひと粒の火波(ひなみ)**を見つけた。 凍てついた夜を溶かし、新しい朝を連れてくるのは、 きっと、こんなに小さな光だ。 私は、私を、信じてみる。 おやすみなさい。