エセー

 今さら戻りたいとは思わないが、高校時代は楽しかった。

俺だって、こんなに毎日毎日シリアスなことばっかり考えたくないんだ。

でも、自分の今の年齢では、マジメに物事を考えないでいるのは、単なる無責任か、無教養なだけなんだ。

つまり、俺だってこの日本という国に生きて、さりげなくちょっとは役割を果たしている、そう思いたい。

やっぱり、1日中家に居てもね、考えが煮詰まっちゃうよね。

1日1回は、ちゃんと外に出て、コンビニにでもいって、外国人店員とちょっと英語で会話するぐらいしないと、考えが煮詰まっちゃう。

高校時代は、もちろん武蔵の友達とも遊んだし、今では疎遠になってしまった佐野日大の友達とも、遊んでいた。

もう、遊び放題だった。

学校が終われば、アフター・スクール・デイ・トリップと称して、当然のこと塾など行かずに、基本放課後は西新宿の超高層ビル群に登って、夜景鑑賞がスタンダード。

ちょっと洒落込んで横浜みなとみらいとか、あるいはちょっと遠出して逗子とか。

もう、留年の危機や、自分の将来の不安と毎日背中合わせで、それでもやりたい放題やっていた。

週末は、佐野日大の友達と、カラオケやボーリングに耽っていた。

もう2度と戻らない日々だ。

みんな立派になった。

俺以外は。

所帯も持って、バリバリ仕事をしている。

あんな日々は、もう二度と戻ってこないだろう。

もちろん、今からだから、単なる古き良き記憶として留めておける。

当時は当時で、大変だったんだ。

懐かしむことは簡単だ。

それは、大人の特権でもある。

でも、もう戻らないあの日々が、貴重な財産であることも、また疑う余地がない。

コメント

このブログの人気の投稿

「金融と社会」質疑応答を基にした、Googleの生成AIによる詳細なレポート

高市内閣と自由からの逃走

合理化社会と詐欺の二面性